運動器の痛みプライマリケア
膝・大腿部の痛み

- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評

局所の痛みにとどまらない難解な運動器の痛みを、トータルペイン・パーソナルアプローチの観点からやさしく解説。変形性膝関節症やスポーツ障害など多様な要因によって生ずる膝と大腿部の痛みについて、重篤な疾患や他部位由来の痛みを正しく鑑別するコツ、日常生活指導から手術にいたるまでプライマリケアの全容を網羅している。
I 痛みについて
1 運動器のプライマリケア─careを重視した全人的アプローチの新たな流れ
2 運動器の疼痛をどう捉えるか─局所の痛みからtotal painへ、痛みの治療から機能障害の克服へ
3 疼痛─診察のポイントと評価の仕方
4 治療にあたってのインフォームド・コンセント─必要性と重要性
5 各種治療手技の概要と適応
a.薬物療法
1)医師の立場から─薬効からみた処方のポイント
2)薬剤師の立場から─処方箋のチェックポイント
b.ペインクリニックのアプローチ
c.東洋医学的アプローチ
d.理学療法
e.運動療法
f.精神医学(リエゾン)アプローチ
g.集学的アプローチ
6 運動器不安定症─概念と治療体系
7 作業関連筋骨格系障害による痛み
II 膝・大腿部の痛みについて
1 診療に必要な基礎知識―解剖と生理
2 診察手順とポイント
a.小児の膝・大腿部の痛み
b.成人の膝・大腿部の痛み
c.高齢者の膝・大腿部の痛み
d.スポーツに伴う膝・大腿部の痛み
3 膝疾患と間違いやすい痛み
4 画像診断―価値と限界
5 各種治療手技の実際と注意点
a.薬物療法
b.関節内注射
c.装具療法
d.理学・運動療法
e.ペインクリニックによるアプローチ
f.東洋医学的アプローチ
6 診療ガイドラインからみた膝・大腿部の痛みの治療体系
7 痛み診療のために知っておくべき疾患・病態
a.膝・大腿部の痛みの原因となる骨・軟部腫瘍
b.膝・大腿部の痛みの原因となる骨系統疾患(病態から鑑別疾患まで)
III 主な疾患や病態による痛みの治療─私はこうしている
1 小児
a.Osgood-Schlatter病による痛み
b.反復性膝蓋骨脱臼による痛み
c.分裂膝蓋骨障害による痛み
d.スポーツ損傷・障害による痛み
2 成人
a.変形性膝関節症による痛み
1)治療の実際(1)
2)治療の実際(2)
3)治療の実際(3)
b.関節リウマチによる痛み
1)治療の実際(1)
2)治療の実際(2)
3)治療の実際(3)
c.スポーツ損傷・障害による痛み
d.離断性骨軟骨炎による痛み
e.半月板損傷・変性の痛み
f.外側大腿皮神経障害、伏在神経障害の痛み
1)外側大腿皮神経障害の痛み
2)伏在神経障害(伏在神経膝蓋下枝損傷を含む)の痛み
g.膝蓋大腿関節痛による痛み
h.人工膝関節全置換術(TKA)後の痛み
索引
腰痛、肩こり、そして関節痛など、運動器の痛みは国民に多い愁訴のオンパレードである。この傾向は高齢化の進展とともにますます顕著になっていくものと予想される。
運動器の痛みは、支持と運動という相反する機能を持つがゆえの過重な負担の結果であることが少なくない。それだけに、その診療にあたる医療従事者は生体力学的知識を持つことが求められる。それに加えて運動器の痛みには、従来我われが認識していた以上に早期から、心理・社会的因子が深く関与していることも明らかになってきた。当然、適切な診療を行うためにはこれらの知識も必要である。このような知見の集積から、近年は腰痛を代表とする運動器の痛みを、単なる「解剖学的異常」から「生物・心理・社会的疼痛症候群」として捉えようという動きが始まっている。つまり、運動器の痛みを「local pain」としてではなく「total pain」として捉えて診療にあたるということである。
疼痛には、器質的、そして機能的な因子が複雑に絡み合っていることがわかってきた。運動器の疼痛、特に患者さんの多い慢性疼痛の診療には、それに応じた診療体系が求められる。それはまず、「cure」だけでなく「care」という視点の導入である。次に、多面的、集学的アプローチの導入である。わが国の医療システムや患者の立場を考えると、1 人の運動器の疼痛診療従事者が中心となって診療を進めていくのが妥当といえる。そのためには、自分の専門領域の知識、技術、そしてknow-howのみならず、学際領域でのそれらの習得も必要になってくる。これにより、「何を治療するか」ではなくて、「誰を治療するか」という視点を持った診療が可能になる。
運動器の痛みのプライマリケアを部位別に取り上げていくというのがこのシリーズの構成になっている。しかし、運動器の痛みのプライマリケアにあたっては、部位に関係なく患者と医療従事者の信頼関係の確立が死活的に重要である。何故ならば、EBM(evidence-based medicine)が教えてくれたのは、皮肉にもNBM(narrative-based medicine)の重要性だからである。医療従事者と患者との信頼関係の確立により、患者の診療に対する満足度はもとより、治療成績も向上することはよく知られている。また、信頼関係があればこそ、長期にわたるcare も可能になる。
本シリーズは、近年の運動器の痛みを診療するうえで必要な新知見を総論に、各論には部位別にみた最前線の診療の提示という構成にした。総論のうち「I 痛みについて」はシリーズ共通の内容である。執筆者には、第一線の診療現場で活躍している先生方に、know-howを含めた実践的診療の記載をお願いした。
本巻は、「膝と大腿部」の痛みをまとめた。超高齢社会の今、膝を中心とした痛みは、荷重軸の痛みという視点から、鑑別診断は勿論、臓器相関の面からも評価が必要である。治療では、根治的療法だけでなく、日常生活上の支障を軽減するというcare への配慮も大切である。このシリーズが、運動器の痛みのプライマリケアの向上に役立ち、結果的に、運動器の痛みの診療に従事している人々に対する国民の信頼が高まることを期待している。
2012年4月
菊地臣一
菊地臣一先生編集により本書が上梓された。菊地先生は腰痛に関する論文や著書も多く、医学領域で世界を牽引される整形外科医のおひとりである。しかし、同時に現在放射線障害の問題を抱える福島県の医療・福祉全般を持ち前のリーダーシップで支えておられる福島県立医科大学理事長兼学長でもある。異なる二つの領域での共通項はぶれない信念から発せられる言葉ではないかと推察している。身体を一度通過し、十分に消化した哲学に基づいた発言や文章は、周囲の人に共鳴・共感を引き起こす。
本書はシリーズとして5巻目となる本であるが、本シリーズに通底する哲学も同様であろう。かねてから先生が主張されてきた運動器の痛みは、単に局所にのみ由来するのではなく、精神的な因子も強く関与しており、本書は、運動器の痛みを単なる解剖学的な異常から、人間全体としての生物・心理・社会的疼痛症候群としてトータルにとらえなおしてみようとするものである。したがって、医療サイドに求められるものも、cureからcareを含めた包括的医療であり、その眼差しは局所のみに向けられるのではなく、全人格的なアプローチとなるはずである。「T。痛みについて 1。運動器のプライマリケア」の中で「運動器の診療従事者は、患者の愁訴に対して共感を示し、患者に希望をもたせるような前向きな説明と励ましが、その役割として求められるようになってきている」と述べられているが、共感する。今の社会においては、「私たち日本国民は他人の苦しみや不幸に対して共感を示し、その人に生きる希望をもたせるような説明と励ましが求められるようになってきている」と読み替えることが可能である。読み替えると、福島県の医療・福祉を束ねるリーダーのメッセージになる。
一般の整形外科教科書は、まず解剖、バイオメカニクスなどを含めた総論があり、各論が続く。各論は原因論、症状、X線所見、病態、保存的治療、観血的治療と続いていくのが通常のパターンであり、疼痛に関しては症状の中でごく一部触れられるにすぎない。しかし、本書は「T。痛みについて」、「U。膝・大腿部の痛みについて」、「V。主な疾患や病態による痛みの治療―私はこうしている」の構成になっており、痛みから運動器疾患をとらえなおそうとする試みがよくわかる。痛みをとるための治療手段として、薬物療法、ペインクリニックのアプローチ、東洋医学的アプローチ、理学療法、運動療法、精神医学(リエゾン)アプローチ、集学的アプローチが紹介されている。整形外科教科書ではあまり記載されていない東洋医学的アプローチ、精神医学(リエゾン)アプローチ、集学的アプローチがあり、参考になる。いずれにしても、種々の痛みや治療法が本書全体の底流を形成している。運動器の障害ということで、患者が外来を訪れる場合にもっとも多い愁訴は、変形、腫脹、可動域制限ではなく、やはり疼痛である。したがって、原因を考えるだけでは不十分で、愁訴の疼痛に十分共感を示し、疼痛を緩和する手立てを講じる必要がある。しかし、疼痛も解剖学的なある部位から発生するのではなく、心理的・社会的な面もその痛みの中にはあるということになり、菊地先生の序文にもあるようにローカルペインではなく、トータルペインとしてとらえて除痛につなげていく必要がある。疼痛が主訴であれば、その疼痛が取り除かれない限り、ほかの治療法を求めて整形外科医から離れていく。
本書の基本部分は患者サイドに立った項目立てであり、痛みの視点から病態を探り、患者の痛みをとる手段を講じているのが特徴である。以上のように、新しい視点に立った本書は医師のみでなく、コメディカルの方にもすすめられる一冊の本であると確信している。
評者● 越智光夫
整形外科63巻11号(2012年10月号)より転載
