書籍

手術の道を究めるために

五輪書から学ぶ

: 生田義和
ISBN : 978-4-524-25531-3
発行年月 : 2018年4月
判型 : A5
ページ数 : 174

在庫あり

定価3,850円(本体3,500円 + 税)


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  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

剣豪として名高い宮本武蔵がその極意をまとめた『五輪書』を、手外科の第一人者が読み解き外科医として解説した、すべての外科医に贈る「手術を究めるための第一歩」。剣の道の奥義を究める指南書である『五輪書』の中に脈々と流れる哲学を、そのまま「外科医の修練の哲学」に解釈し、手外科を題材に詳説した「手術の道を究めるため」の一冊である。

第1部 手術の五巻
 第1章 地の巻:技を究めるとは何か
  1-1:本家『五輪書』から
  1-2:技を究めるとは何か
  1-3:究めるための3つの準備
  1-4:手術の基本としての解剖学の重要性
 第2章 水の巻:必要な手術機器の準備と使い方
  2-1:本家『五輪書』から
  2-2:手術機器の選択と使い方
  2-3:皮膚切開
  2-4:皮膚や腱などを把持・操作する鑷子類
  2-5:腱の操作
  2-6:腱縫合の方法
  2-7:神経の手術
  2-8:Kirschner鋼線の刺入方法
  2-9:微細な骨・軟骨手術に必要な手術機器
  2-10:マイクロサージャリー用手術機器
  2-11:ハサミとメスの差から学ぶ手術操作の本質
  2-12:手に馴染む手術機器
  2-13:手術時の姿勢
  2-14:身体の調子のこと
  2-15:照明のこと
  2-16:著者の開発した検査機器
  2-17:手術機器使用の自由性と創造性
 第3章 火の巻:目標とすべき理想の手術
  3-1:本家『五輪書』から
  3-2:目標とする手術との出会い
  3-3:忙しい毎日なのに見学に行くなんて
  3-4:Dr.Bunnellの論文より
  3-5:学術機構としての対応
  3-6:手術の始まりと終わり
 第4章 風の巻:研修する方法
  4-1:本家『五輪書』から
  4-2:グループで研修する方法
  4-3:独りで研修する方法
  4-4:独習の実際
  4-5:マイケル・ポラニーの暗黙知
  4-6:難易度の高い手術への挑戦
  4-7:マイクロサージャリーの修練方法
 第5章 空の巻:ヒトの手と心
  5-1:手の多様性
  5-2:ヒトにおける手と技の位置と意義
  5-3:美しい形の手とは
  5-4:メスの捨て時,収め時
  5-5:外科医の理想像
  5-6:外科医の人生とは
第2部 手術とリスクマネージメント
 第1章 手術のリスクマネージメント
  1-1:適切な手術を行うための術前の準備
  1-2:術者の知識と技術に関する準備
  1-3:間違った手術の種類
  1-4:術中の配慮
  1-5:好ましくない関係の患者
 第2章 手術以外のリスクマネージメント
  2-1:誤った診断をしないためには
  2-2:対話する医師と患者の眼の位置
  2-3:触診での注意
  2-4:視診など
  2-5:小児の診察
  2-6:正しくない診断
 第3章 外科医と精神的疾患
  3-1:医師であれば誰もが出会う普遍的疾患
  3-2:著者の出会い
  3-3:病型と診断名
  3-4:患者の動向と外科医の対応
  3-5:精神的疾患における種々の表現型
付録
 付録1 手の印象的な五景
  第1景 演奏する手:Playing Hand
  第2景 傷ついた手:Injured Hand
  第3景 愛を伝える手,あるいは性と手:The Sex and The Hand
  第4景 手は誘う:Hand’s Temptation
  第5景 レンブラントの手:Rembrandt’s Anatomy Lesson of Prof.Tulp
 付録2 広島手の外科・微小外科研究所で作成した研修ビデオ一覧表
 付録3 経験すべき手術と難易度表
 付録4 主要参考文献・機器カタログ
あとがき
索引

はじめに

 来たる平成28年(2016年)4月に広島で開催予定の第59回日本手外科学会学術集会での特別講演として、水関隆也会長から「究めよう手外科の技」という題をいただき、その準備の段階で、聴講される方の便宜のために講演内容を小冊子にまとめることを試みた。その中に含めたいとの思いを補足している内に、次第に文字数が増え、いっそのこと、単行本にまとめようと思い立った。
 一方、この講演を依頼される前から、手術のことを考えるたびに、宮本武蔵の『五輪書』が気に掛かっていた。発端は、熊本で開催された学会の折、スケジュールの合間を見つけて、市の郊外にある岩戸山雲巌寺を訪れて資料館を見学し、絵葉書や『五輪書』の書籍などを手にした頃からである。武蔵はこの寺の奥の院である霊巌洞に籠って『五輪書』を書き始めたとのこと。齢62歳。亡くなる1年半前であった。
 この『五輪書』を読み進める内に、文章のあちこちに外科医に通じる内容が含まれていることに気付き、ことあるごとにマーカーで印を付けていた。このたび、再び繙(ひもと)いてマーカー印を確認し、その部分の何ヵ所かを本書に取り上げた。また、地、水、火、風、空の名称もそのまま借用させていただいた。『五輪書』の本文をこの本に挿入するにあたり、現代語訳とすることも考えたが、今の読者には多少判読し難い漢字の使い方がある反面、原文には独特の味があり、あえて原文を採用することとした。なお、『五輪書』については、武蔵自筆の原本は焼失して今はなく、残っているのは細川家本と福岡藩家老吉田家旧蔵(九州大学九州文化研究所所蔵)であり、これらを校合したものを基にして編纂された佐藤正英氏による校注・訳の『五輪書』(筑摩書房、2009年)を参考にさせていただいた。
 ただし、手術に関する本書は、『五輪書』が当時の剣客に対して書かれたような「奥義を究めるための指南書」ではなく、「審念熟慮」、すなわち手術に関わりのある外科医が、それぞれ自分で手術の道を究めるにはどうすればよいのかを考えるための指針であって、本書を読めば手術を究めることができるという意味では決してない。いうなれば、手術の真実とは何かを「読者が自分自身で求めて熟慮する」ための参考になればとの願いから生まれた書籍である。
 『五輪書』にも次のように述べられている。すなわち、

 このこと、書き付けばかりを見て兵法の道に及ぶことにはあらず、この書に書き付けたるを、わが身にとつて、書き付けを見ると思はず、習ふと思はず、似せものにせずして、すなはちわが心より見出したる利にして、つねにその身になりてよくよく工夫すべし(水の巻より)

とある。
 思い返せば、著者の初めての「日本手外科学会学術集会」への出席は第9回の学術集会であり、今年が著者にとって記念すべき50回目にあたる。この間、多くの国内外の先達にご指導いただいた。特に、今年ご壮健にて94歳になられた津下健哉先生には、著者が医師になった昭和年(1965年)の初年度から師事させていただき、以後長年にわたり言葉に尽くせぬご恩をいただいた。ありきたりの恩師という言葉では表しきれない深い感謝と敬愛の想いを抱きながら、本書を上梓させていただくことは、著者にとってこの上ない慶びである。改めて、紙面を借りて御礼を申し上げたい。

平成28年2月記

 と、平成28年2月末に本稿をここまで執筆していたが、4月の日本手外科学会学術集会会場での配布へ向けての出版の手順が予定通りに進まず、恩師・津下健哉先生の4月22日の事故、続いて5月1日のご逝去という悲報を迎えた。巻頭に先生にお詞をお願いしようと考えていた矢先であった。このような経緯を経て、遅ればせながら脱稿したので、あえて当初の文章を一部残したままとした。
 本来の学会での著者の講演演題の関係上、本書は手の手術の技についてがその主体をなしており、手以外の手術や心に関する著述がほとんどない理由を、出版に至った経緯から理解していただきたいと思っている。
 これから新たに外科医を目指して研修を始めようとする方々、あるいは、研修してはいるが、その過程で模索したり悩んだりしている方々の指標として少しでもお役に立てれば著者の喜びとするところである。
 最後に、出版に当たってご尽力いただいた南江堂の篠原満氏、杉山孝男氏、特に校正に当たって多大なご尽力をいただいた千田麻由氏に厚く御礼を申し上げる。

2018年4月
生田義和

 じつにユニークな手術書、というより外科医心がけ帖である。私は魚住孝至著『宮本武蔵−兵法の道を生きる』(岩波新書、2008年)と『宮本武蔵 五輪書』(角川ソフィア文庫、2012年)を手許におきながら本書を読んだ。
 著者の生田義和氏は手外科の名手であり、日本というより世界の手外科パイオニアのお一人でいらした広島大学津下健哉教授の後継者である。そのため内容の具体的対象は手の手術ではあるが、その幅の広さ、内容の深さからいって、整形外科医はもとより、多くの外科医に読んで欲しいなと思う。まさに剣の道は手術に通ずる。
 宮本武蔵(1584?〜1645)の五輪書(ごりんのしょ)は兵法および剣術の書で、武蔵が他界前1年半の間、熊本市近郊金峰山にある霊巌洞で執筆されたとされるが、自筆の原本は焼失したようで各種写本が残るのみ、弟子の創作という説もある。書名の由来は仏教の五輪からで、「地・水・火・風・空」の五巻に分かれており、本書でもその順に、「地の巻−技を究めるとは何か」、「水の巻−必要な手術機器の準備と使い方」、「火の巻−目標とすべき理想の手術」、「風の巻−研修する方法」、「空の巻−ヒトの手と心」となっており、それが第一部を形成し、ついで第二部「手術とリスクマネージメント」があり、さらに付録「手の印象的な五景」として、手に関する芸術作品にまで言及している。まさに生田義和という達人の心技体から醸し出された言行録、「生田流」五輪書でもあろう。
 以上がいわば目次であり、この和洋取り混ぜた贅沢な、図・写真豊富なメニューから、私なりの「つまみ食いグルメ記」をご披露しよう。
 「弘法は筆を選ぶ」。武蔵は剣の大小にこだわったようである。後世の創作のようだが、巌流島の決闘では船の櫓から自身で長い木刀を造って制したとある。剣の長さは合戦の成否を左右するとされる。「生田流」では手術器具について詳記され、時には自作する態勢も必要で、外国の外科医で自宅に工房を設けている人達を紹介している。さらにメスをもつ姿勢・照明などにも触れている。武蔵曰く
 「武(いくさ)道具は手に合うやうにあるべし、将・卒ともに、ものに好き、ものに嫌うこと悪(わろ)し、工夫肝要なり」。
 著者は前述のごとく、津下健哉という類い稀なる師匠のもとで学んだ。しかしそれだけではなく、貪欲に内外の先達の手術を見学し、自己を磨いた。
 「兵法、他流の道を知らずしては、一流の道、たしかに弁え(わきまえ)難し」。
 高度の技(わざ)に出会ったら懸命に自分のものとすべし。
 「師は針、弟子は糸となって、絶えず稽古あるべきことなり」。
 そしてご丁寧なことに「メスの捨て時、収め時」にまで言及している。私も親しくさせていただいていた故人お二人の言が記されている。北里大学山本 真先生と信州大学寺山和雄先生である。前者は「メスは自分が思うよりは少し早めに捨てたほうがいい」、後者は「自分が手術した患者さんの術後不具合の対処ができなくなったと思ったとき」と。
 第二部の手術とリスクマネージメントにも著者の心配りの深さが窺える。とくに外来での診察時の配慮は細かい。初診患者さんへの医師の自己紹介、診察手順、目線の位置などなど。ことに小児に対しては「自分の椅子の高さを低くして同レベルとすべし」は全く同感である。さらに心因性の疾患や外傷例の詳記もあり、参考になろう。
 付録「手の印象的な五景」も「剣の道」に優しく美しい彩りを添えている。著者は絵が巧みで、本誌の編集後記に昨年鬼籍に入られた東北大学櫻井 實名誉教授の後を受けて毎号カットを提供されており、師の津下健哉先生も絵の達人でいらした。デン・ハーグのMauritshuis美術館にあるレンブラントのTulp博士解剖学講義の左前腕屈筋群起始部の間違いに関しての著者の水彩画は美しいし、「あとがき」に提示された枯淡の域に達した武蔵の自筆画にも心安らぐ。そして最後の1行「長年に亘り著者を支え続けてくれた妻 律子へ感謝しつつ」に生田剣の秘めたる輝きと優しさを視る。武蔵曰く
 「唯心をもって其徳をわきまゆる事 是兵法の肝心也」(「風の巻」結びより)。

臨床雑誌整形外科69巻8号(2018年7月号)より転載
評者●順天堂大学名誉教授 山内裕雄

 本書は、手の外科医として著名な生田義和先生が生涯を通じて学んだ極意を、剣豪・宮本武蔵の「五輪書」に準えてまとめた珠玉の一冊である。
 筆者自身は乳腺外科医であり、先生との接点はないものの、本書を拝読して、どの領域の外科医にも通じる哲学の存在を改めて認識した。
 たとえば、本書の中に、筆者も尊敬してやまない料理研究家の辰巳芳子氏の文章も紹介されている。食べる相手の気持ちを考えて、米粒一つ一つに気持ちを込めてつくってくれた母親の「握りずし」がテーマ(母性と手)となっていた。筆者は、自らが主管した乳房再建を主テーマとする日本乳房オンコプラスティックサージャリ−学会(2014年10月)にて、「いのちのスープ」というテーマのご講演をお願いした。その講演を通じて感じ取ったことを以下にまとめてみた。
 一つ一つを丁寧に
 気持ちを込めて
 食べる人(患者)の気持ちに沿う
 道具を大切に扱う
 道具に対する創意工夫
 素材(知識や技術)は旬でなければならない
 段取り力
 自然との共生
 また、本書の後半には、生田先生が病院長として学ばれた医療安全に関する教えや、全人的医療の重要性が説かれている。剣豪・武蔵の武士道を極める中で培った哲学を、外科医のプロフェッショナリズムに照らし合わせて解き明かした本書は、外科医をめざす若手医師のみならず、生涯を通じて外科医としての道を極めようとするプロフェッショナルにもぜひ一読をおすすめしたい。

臨床雑誌外科80巻11号(2018年10月号)より転載
評者●昭和大学乳腺外科教授 中村清吾