書籍

名画と痛み

: 横田敏勝
ISBN : 978-4-524-23529-2
発行年月 : 2002年6月
判型 : B5
ページ数 : 144

在庫品切れ・重版未定

定価5,076円(本体4,700円 + 税)


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  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文

古今東西の名画を多数フルカラーで掲載し、それぞれを痛みの科学的側面から解説。名画に描かれた痛みの精神的、文化的エピソードも添え、楽しみながら痛みを総合的に理解できるようにまとめた。痛みの科学性については最新の知見を取り込み、前著『名画の医学』より一歩踏み込んで名画をとらえた本書は、医療関係者にとってより興味深い内容になっている。

1.フリーダ・カーロ<折れた背骨>
痛みと人間

2.ウィリアム・ブレイク<ヨブに煮え湯を注いで苦しめるサタン>
ヨブ記
痛みの定義
痛みとは何か

3.シャルル・ル・ブラン<人相の習作・激しい痛み>
痛みの生物学的意義
疼痛患者の苦しみ
原因不明の非心因性慢性疼痛の苦しみ

4.ピーター・ブリューゲル<子どもの遊び>
痛みの学習

5.アントニオ・ポライウォロ<聖セバスチアヌスの殉教>
痛みを伴う恍惚

6.ソシアスの大杯<パトロクレスに包帯を巻くアキレス>

7.一勇斎国芳<華陀骨刮関羽箭療治図>
注意転換による痛みの克服

8.マックス・エルンスト<3人の目撃者の前でキリストを懲らしめるマリア>
侵害受容線維
侵害受容線維自由神経終末のエネルギー変換
侵害受容線維の興奮伝導
侵害受容情報の伝達

9.ローマ彫刻<瀕死の剣士>
急性炎症の初期反応
炎症初期の痛みの媒介物質
軸索反射
“Walling Off”効果

10.ジョン・エヴァレット・ミレイ<除隊>
白血球の反応
脊髄後根神経節ニューロンのBDNF遺伝子発現
神経成長因子の関与

11.地獄草紙<函量所地獄>
熱傷
熱傷の痛み
小児の熱傷

12.ルーカス・クラナッハ<ヴィーナスと蜂蜜を盗むキューピッド>
ハチ毒の痛み
死亡事故

13.ルーベンス<キリストの割礼>
割礼の歴史
ユダヤ教の割礼
現代の割礼
新生児の痛み
包皮環状切除術の痛み

14.リューク・ファイルズ<ザ・ドクター>
白血病の痛み

15.大蘇芳年<見立多以尽おしてもらいたい>
疝痛の種類
腸疝痛
胆石症の疝痛
腎性疝痛
中間痛
急性間欠性ポルフィリン症
鉛中毒
疝痛の薬物療法
痛みの表現の人種差

16.ヒエロニムス・ボス<聖アントニウスの誘惑>
聖アントニウスの火

17.ゲェルスドルフの外科書<聖アントニウスの火>
身体の幻影
痛みを感じない幻肢
身体図式
幻肢痛
幻肢痛のトリガー
幻肢痛の治療法

18.ピーター・ブリューゲル<乞食たち>
ハンセン病への偏見
ハンセン病の病態
ハンセン病の痛み

19.ダヴィッド<マラーの死>
電気治療の歴史
経皮的電気刺激法
TENSの適応症

本書は3年前に上梓した『名画の医学』の続編である。本書も前回と同様に、名画を楽しみながら医学を学ぼうという意図をもって書かれた。取り上げたのは著者が長年親しんできた痛みの科学である。すでに5年前に『臨床医のための痛みのメカニズム改訂第2版』を世に出したが、この分野のその後の進歩が著しく、内容を補足したいとかねがね考えていた。分子生物学や臨床医学の最近の進歩を織り込んで、一冊に纏めることができたのは、幸いである。
 痛みは人間の最も基本的な体験に属していて、痛みの理解は人間性を究める鍵になる。多くの哲学者が痛みを取り上げた理由がここにある。もちろん痛みは、神経系のメカニズムの制約を受けるが、いかなるときでも、痛みを神経線維や神経伝達物資の問題で終わらせてはならない。人間科学に基づいた総合的な理解が必要になる。
 多くの文学作品が、痛みに苦しんでいる人がしばしば言葉で表現できないでいた一連の情報や体験を巧みに描写しているが、とりわけ重要なのは、これらの作品で作家が示した語り口は、旧来の医学的記述と著しく異なっていて、医学の限界を明らかにしていることである。そのような声は、痛みがただ単に、人体の構造や、生理機能の産物であるといえないことを示唆している。
 痛みは身体と精神と文化が交叉する場所に発生する。だから、痛みは、文化、さらに時間を越えて人類の歴史の至るところに散在するさまざまなエピソードを取り入れて纏め上げるべきであろう。このような観点から、名画に描かれた痛みを、逆に医学の立場に立って見てみたいという、大それた願望が本書執筆の今ひとつの動機になった。
 痛みを研究する分野が、疼痛学algologyとして一般に認知され始めたように思う。この学問は膨大な領域を包括していて、研究の対象になる疾患も非常に多い。本書はそのほんの一部にしか触れていないが、この分野への関心の高まりに、少しでも寄与できれば、幸いである。
2002年5月
横田敏勝