書籍

癌の遺伝医療

遺伝子診断に基づく新しい予防戦略と生涯にわたるケアの実践

編著 : 新井正美
ISBN : 978-4-524-26743-9
発行年月 : 2015年2月
判型 : B5
ページ数 : 268

在庫あり

定価5,940円(本体5,500円 + 税)


正誤表

  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

特定の遺伝子変異により高率で発症する遺伝性腫瘍の基本的知識と遺伝学的医療の実際をわかりやすくまとめた。遺伝性腫瘍の発症メカニズムやリスクを理解し、予防から早期発見のための診断・治療にいたる、生涯にわたって患者や家族に対して適切なケアを実践するために必携の1冊。患者・家族、また一般医療者の疑問に遺伝医療の専門家が答えるQ&Aも収載。

はじめに
I.癌と遺伝
 A.癌の発症メカニズムと癌関連遺伝子
 B.癌と遺伝との関わり:癌にかかりやすい体質が遺伝する仕組み(遺伝の基本)
II.遺伝性腫瘍の診療
 A.遺伝性腫瘍とは(定義と特徴)
 B.癌診療における遺伝学的アプローチの意義
 C.遺伝学的検査の実際と実施上の注意点
 D.癌の遺伝カウンセリングとは
III.遺伝性腫瘍の臨床
 A.遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)
  1.概要
  2.乳腺科の立場から
  3.婦人科の立場から
  4.病理組織学的特徴
   a.乳癌
   b.卵巣癌
 B.Lynch症候群
  1.概要
  2.消化器科の立場から
  3.婦人科の立場から
  4.病理組織学的特徴
   a.消化管癌
    1)Lynch症候群における大腸癌の臨床病理学的特徴
    2)Lynch症候群の診断における免疫組織化学的染色の意義
   b.婦人科癌
 C.家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis:FAP)
 D.過誤腫性ポリポーシス症候群
 E.多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)と遺伝性甲状腺髄様癌
IV.癌の遺伝医療をとりまく現状
 A.遺伝学的検査の実施に関連するガイドラインと法遵守
 B.癌の遺伝子変異を調べる受託遺伝子検査
 C.遺伝学的検査と生命保険加入における諸問題
V.日常の癌の遺伝診療で遭遇するQ&A
 A.患者・家族の疑問や不安にどう答えるか
  1.癌の遺伝とはどのようなものか
   Q1 祖母,母に続き,私も乳癌と診断されました.私は「癌家系」でしょうか
   Q2 私の家族には胃癌にかかった人がたくさんいるのですが,私も胃癌に罹患しやすいのでしょうか
   Q3 「遺伝性腫瘍」と「家族性腫瘍」はどのように違うのですか
  2.遺伝学的検査とはどのような検査か.また費用などはどうなるのか
   Q4 遺伝子診断の費用はどのくらいですか.保険適用や先進医療になっている検査はありますか
   Q5 私は30歳代で乳癌に罹患しています.娘にも遺伝しているか心配なので,娘に先に遺伝子検査を受けさせたほうがよいでしょうか
   Q6 遺伝学的検査で変異がみつからなければ遺伝性でないといえますか
   Q7 遺伝子診断で「癌家系」とわかったところで治療法はあるのでしょうか.遺伝子診断を行う意義はあるのでしょうか
   Q8 遺伝子検査を受ければどのような癌も遺伝性かどうかわかるのでしょうか
   Q9 子どもへの遺伝子検査を行ううえでの注意点にはどのようなものがありますか
  3.遺伝性の乳癌卵巣癌とわかった場合,どのような治療があるのか
   Q10 リスク低減手術(予防的手術)はどのようなことをするのでしょうか.正常な臓器を切除することは容認されているのでしょうか
   Q11 乳癌の術前にBRCA1/2遺伝子検査をすすめられました.乳房を温存したいのですが,変異があれば無理でしょうか
 B.専門家が答える遺伝診療上の疑問
  1.癌の遺伝医療の診療体制やスタッフ間の連携
   Q12 遺伝診療録の(電子)カルテへの記載はどうしたらよいでしょうか
    a)紙カルテと他診療科あるいは複数の診療所との連携の視点から
    b)電子カルテと情報システムの視点から
   Q13 診療科から遺伝外来へ紹介するのは敷居が高いと思います.どのような点に注意すればよいのでしょうか
   Q14 遺伝性腫瘍では多くの診療科が関係していますが,どのように連携していけばよいでしょうか,
   Q15 遺伝性腫瘍の診療における看護師の役割について教えてください
  2.遺伝学的検査の実際と患者・家族へのケア
   Q16 遺伝学的検査用の検体はどのように保管するのですか.採血管は決まっていますか.室温保存でよいのでしょうか
   Q17 癌の遺伝子検査と遺伝性腫瘍の遺伝子検査ではどこが違うのでしょうか
   Q18 癌の遺伝学的検査の同意を取得する際のポイントを教えてください
   Q19 遺伝学的検査で病的変異を認めた場合に,患者が落ち込んだりショックを受けてしまいませんか
   Q20 遺伝学的検査を受けないことにした人にはどのようにケアをするのがよいでしょうか
  3.遺伝性乳癌卵巣癌
   Q21 Triple negativeの乳癌患者には遺伝性乳癌のお話をしたほうがよいのでしょうか
   Q22 予防的切除を受ければ卵巣癌のリスクはなくなるのですか.また卵巣切除後の有害事象(更年期障害や骨粗鬆症など)について教えてください
   Q23 遺伝性乳癌の患者における乳房再建上の注意点について教えてください
   Q24 BRCA1/2変異保有者に有効性が期待される抗癌剤はありますか.また日本でも使用できますか.PARP阻害剤などの説明を伺いましたが
  4.Lynch症候群
   Q25 Lynch症候群のスクリーニングとしてのマイクロサテライト不安定性検査について教えてください
   Q26 マイクロサテライト不安定性検査と一般の大腸癌の化学療法の適応(効果予測)について教えてください
   Q27 Lynch症候群の患者に年1回のサーベイランスとして大腸内視鏡を行うことになりました.注意点を教えてください
   Q28 Lynch症候群あるいはFAP患者は胃癌のリスクも高いようですが,ピロリ菌感染が認められた場合,除菌しておいたほうがよいでしょうか
   Q29 Lynch症候群と診断されました.この結果を血縁者へどのように伝えればよいでしょうか.またその方にも役立てられるのでしょうか
  5.その他の遺伝性腫瘍(FAP,甲状腺癌)
   Q30 FAPであっても,内視鏡でポリープを定期的に切除することにより大腸全摘を避けられることがあると聞いています.どのような症例が該当するのでしょうか
   Q31 甲状腺髄様癌以外に遺伝性の甲状腺癌というのはないのでしょうか
  6.遺伝カウンセリング
   Q32 家系図の描き方がよくわかりません.どのように記載するのでしょうか
   Q33 癌の遺伝カウンセリングは小児科や産科の遺伝カウンセリングとどのような点が違うのですか
   Q34 癌の遺伝性腫瘍についてもっと学びたいと思いますが,どのような学会の認定制度や情報源があるのでしょうか
   Q35 遺伝カウンセラーになりたいのですが,どうしたらよいでしょうか
付録
(1)遺伝性腫瘍症候群と原因遺伝子
(2)遺伝性腫瘍に関するお役立ちインターネット検索情報
あとがき
索引

はじめに

 本書は、遺伝性腫瘍の臨床や遺伝カウンセリングにおける基本事項をまとめた実践の書である。そして今まで10年以上の歳月をかけて診療の現場で醸成してきたがん研究会有明病院の遺伝医療のスタイルが基本になっている。執筆は癌の遺伝に関する基本的な項目は私が担当し、臨床や病理に関する事項は、連携して遺伝医療に取り組んでいただいている当院の診療科や病理の先生方に分担していただいた。また一部の項目は、院外の先生に執筆をお願いしている。学会などでご指導いただいている先輩、いつも親切で誠実に対応してくれる優秀な同僚、畏友である。
 内容は基本的なことから記述したが、日常の遺伝カウンセリングに対応できる情報を盛り込んでいる。対象はこれから癌の遺伝カウンセリング外来に携わる方、すでにある程度の経験を積んでいる方など癌の医療現場に携わる方を中心に想定しているが、臨床遺伝専門医の受験や、遺伝カウンセリング課程の大学院生のために、癌の遺伝を一通り学ぼうとする目的にも有用な書であるよう心がけた。
 内容は大きく2部構成となっている。前半のI〜IV章では、癌の遺伝に関する総論と、各論として、癌の遺伝カウンセリングで遭遇する機会の多い遺伝性乳癌卵巣癌、Lynch症候群、大腸ポリポーシス、遺伝性甲状腺髄様癌を取り上げて、遺伝カウンセリングに必要な事項を概説している。さらに、癌の遺伝医療に携わる際に知っておくべきガイドラインや周辺の知識をわかりやすく取り上げている。また、後半のV章では、今まで外来でクライエントから受けた質問や研修にこられた医療関係者あるいは学生実習の大学院生に尋ねられた事項をもとに質問集を作成し、これに回答する形で関連事項を整理した。コラムでは、遺伝医療の将来、大腸ポリポーシスを中心とした癌の遺伝医療のあゆみ、遺伝性乳癌卵巣癌の患者さんの手記を掲載した。いずれも関係者には参考になる内容である。
 本書のコンセプトは現場orientedなので、最初から通読するのもよいが、遭遇した症例や必要な項目からつまみ読み式に目を通すのでもよい。できれば外来やデータ室などに本書を置いて、不明な点を調べたり、あるいはパソコンを前にして情報源へのアプローチの際に、すぐに知識を確認するために参照していただければと思う。
 私は疾患ごとにファイルを作成して、遺伝カウンセリングで使用するデータ、図表、写真などを定型化して、新しい重要な情報があった時にはこの見直しを行っている。以前より、それらを1つにまとめた便利なデータ集、メモをぜひ作りたいと思っていた。したがって本書は私自身の備忘録でもある。通常の癌の遺伝カウンセリングは本書の内容で十分対応できるが、遺伝カウンセリングは事前の下調べ(予習)が重要である。クライエントの受診の目的を事前に把握して、必要な情報を提供できるように準備する。遺伝カウンセリングで適切な情報を提供できなければ、プロとして自由診療のコストを請求する資格はないだろう。診療後は反省事項をノートに記録するなどして、試行錯誤しながら自分の遺伝カウンセリングのスタイルを向上させていく努力が必要であると思う。
 日常診療で遺伝性腫瘍の患者に遭遇することはまれではない。しかし、医療者がその存在に気がつかなければ見過ごしてしまうし、実際それでも日常の癌診療は成り立つ。ただ、患者本人のことを思えば、適切な情報があり医療が介入できる機会を作ることができれば、通常の保険診療の枠組みを超えた医療の可能性があることに気がつく。もちろん、本人にとって必ずしも快い情報ばかりではないであろう。しかし、治療した癌は根治できたのに、その後また新たな癌の出現を想定できず、不慮の最期を経験するのはその家族にとっても、また私たち関係者にとってもつらいことである。幸い、癌の遺伝医療では、対策が提示できる疾患も多い。実際に成果の上がっている病態もある。
 本書が、癌の遺伝外来で有効に活用されて、多くの遺伝に悩むクライエントに適切な情報が提供され、また具体的なマネジメントがなされる一助となれば、著者一同、とてもうれしく思う。

2015年2月
新井正美

 癌の遺伝医療について、臨床の現場で実践的に役立つ待望の書が出版された。
 すべての癌は、遺伝子の変異(genetic alteration)が積み重なり、個々の細胞が無秩序に増殖、進展することが基本的な成り立ちといわれている。そのなかでも、ある遺伝子、とくに癌抑制遺伝子の変異が、親から子に伝わり、癌発症に大きくかかわる場合を、遺伝性(hereditary)と称する。遺伝性の乳癌は、全体の5〜10%といわれているが、その実態はまだまだ明らかではなく、原発性乳癌患者のなかで、家族集積性が高い患者は15〜20%存在し、そのなかの20〜30%に、とくに遺伝性乳癌卵巣癌のBRCA1/2の病的変異がみつかる。したがって、現在年間8万人を超えるといわれている乳癌罹患者に対応するなかで、常に目の前の患者は、遺伝性であるのか否かを念頭に置いて診療に当たる必要がある。なぜなら、もし遺伝性であるならば、MRIを用いたより精緻な検診や、予防的(リスク低減)乳房切除術や、リスク低減卵巣卵管切除術、あるいは、PARP阻害薬の適応など、個々の患者のおかれているさまざまな状況や、価値観、人生観などをもとに、その人にふさわしい診療方針を聞いていく必要があり、一般の乳癌に提示される標準治療の選択肢(one fits all)とは異なるからである。さらに、ここには、家族への対応などの諸問題もあり、十分なカウンセリング能力を備えた医療人が介在することが求められる。また、次世代シーケンサーが拓いた現代医療により、遺伝性乳癌を引き起こすその他の遺伝子変異に基づく症候群、すなわち、Li-Fraumeni症候群、Cowden病などの稀少疾患が偶然みつかることもある。近年、「Precision Medicine(個別化医療)」「Preemptive Medicine(先制医療)」という言葉が用いられるようになった。さまざまな分子標的薬が実臨床に用いられるためには、より正確に効果が期待できる対象を絞り込む、いわゆるコンパニオン診断法の開発も併せて行う必要がある。また、医療費の高騰を防ぐためにも、癌の発症を予防する対策もますます重要となってきている。癌の遺伝医療は、まさに日々の診療や生活と密接に関連する次世代に突入したといえよう。
 本書は、がん研究会有明病院で遺伝医療にかかわるあらゆる職種のエキスパートが、遺伝子診療部部長である新井正美先生のもとに総力を結集して編纂されたものである。遺伝性腫瘍に対するチーム医療を担うすべての人のバイブルとなる珠玉の一冊である。

臨床雑誌内科116巻4号(2015年10月号)より転載
評者●昭和大学医学部乳腺外科教授 中村清吾