書籍

テキスト臨床心臓構造学

循環器診療に役立つ心臓解剖

: 井川修
ISBN : 978-4-524-26319-6
発行年月 : 2022年6月
判型 : B5
ページ数 : 340

在庫僅少

定価16,500円(本体15,000円 + 税)


  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

「臨床心臓構造学」の大家である著者による約10年ぶりの著作.著者自身が発展させてきた新たな知見の数々を「断面別」「パーツ別」の切り口でまとめ,臨床心臓構造学のロジックを駆使して臨床上の問題点・疑問点を解析することに挑む.豊富な剖検所見をあらゆる角度から余すところなく提示.不整脈のカテーテルアブレーション治療に携わる医師のほか,すべての循環器科医に贈る一冊.

総 論
心臓と周辺構造物との関係
 
各 論
 第1部 部位からみた心臓構造学
  1.大動脈弁・大動脈基部
  2.刺激伝導系
  3.左房構造
  4.右房構造
  5.左室構造
  6.右室構造
  7.房室弁構造
  8.心膜・心膜腔
  9.心臓に接続する血管とその分枝の構造
 
 第2部 断面からみた心臓構造学
  1.体幹(右側)矢状断
  2.体幹(左側)矢状断
  3.体幹斜状断@−胸部斜状断面:右前斜位30°左後斜位30°
  4.体幹斜状断A−胸部斜状断面:左前斜位45°右後斜位45°
  5.体幹斜状断B−胸部斜状断面:左前斜位60°右後斜位60°
  6.体幹斜状断(四腔断)
  7.体幹前額断
  8.体幹水平断

発刊にあたって

 早いもので11年が経過した.2011年,『臨床心臓構造学』というタイトルの著書を(他社からではあるが)発刊させていただいてから11年である.その際,20数年に渡り自分なりに温めてきた心臓構造についての考え方を学問として紹介し,「構造のロジック」の重要性と「臨床を踏まえた新しい構造解析法・捉え方」を提示した.この考え方のコンセプトは当時も,今も変わっていない.
 その後も精進を続けることさらに11年,2022年の現在,南江堂のご配慮によりやっとのことで,次の著書発刊へのステップを踏むことができている.「構造のロジック」にこだわる「臨床医学と基礎医学を結び付ける学問」を基本コンセプトとし,前著とは決して重複することがない内容で本書『テキスト臨床心臓構造学』を書き下ろしている.

「臨床心臓構造学(Clinical Cardiac Structurology)」とは?
 学生時代,基礎解剖学の授業で習得した知識は,医療の中では大変重要なものである.にもかかわらず,臨床の現場ではそれが十分に機能しているとは言い難い.おそらく,誰もが同じ印象をもっているのではないだろうか.臨床の場でその知識を利用しきれていないのである.機能させようとしても,現在ある「基礎医学」の知識だけでは,おそらく不十分であり,さらに「臨床医学」との間を埋める情報が必要となる.この「臨床医学」と「基礎医学」の間を「結び付ける作業」が必要となるのであるが,その作業は感覚ではなく理詰めで行われるべきものである.この「結び付ける作業」は,決して簡単なことではなく,「構造のロジック」を探求する学問として捉え,位置付け,理論的に構築されるべきものと考える.その情報解釈も常に,検証と修正が必要なのである.
 臨床では時間の考慮が必要である.目指す学問は,動きのない3次元構造を取り扱う形態学ではなく,それに時間を考慮した4次元構造を取り扱う学問,つまり「時々刻々,変化する構造を解析する“論理学”」と捉えている.
 筆者はこの考え方のもと,「臨床医学」の循環器病学と「基礎医学」の解剖学の間を埋めて結び付ける作業を一つの学問分野として捉え,前述の「臨床心臓構造学」を提唱し,体系化する努力を続けてきた.未開拓で発展途上の学問なのである.

前提となる“正確な心臓解剖の理解”と“深い臨床力”
 循環器疾患の理解,病態評価,治療にあたっては,「正確な心臓解剖の理解」が必要であることは言うまでもない.治療前,さまざまな手法を駆使し解剖情報の詳細を取得し,病態評価,治療に活かす努力がなされている.とは言え,我々は限られた情報の中での判断を強いられており,「真の構造」を正確にイメージしているかどうか疑わしい場合もある.臨床の場で得られた情報から「真の構造」をイメージして臨床応用するには,「正確な解剖学的知識」と,構造情報を適切に臨床へ反映させることのできる「深い臨床力」が求められる.

きわめて原始的な“構造の解析手法”について
 この筆者がとっている構造の解析手法は,最新の機器を用いたものでもなければ,華麗なテクニックを駆使したものでもない.臨床の場で浮かび上がった問題点,湧き上がった疑問点をヒト剖検心に投影し,「心臓構造のロジック」を手がかりに,愚直に考えに考えて問題点を解決し,再び臨床にフィードバックするという,きわめて泥臭い単純作業である.30数年,この方法論にこだわり続けてきている.というよりも,筆者のような凡人にはこれしかできなかったと言う方が適切なのである.
 大変遅い進歩と評価されるのも当然のことであろう.しかしながら,データと知識を十分に蓄積し,理解し,熟成させ,心臓構造を理論として発表するには,これだけの年月が必要だったのである.
 これまでの30年,とりわけこの11年の間に蓄積した数万点の写真,画像,作製したイラストを見返しながら,それぞれの時点,時点で格闘した問題点・疑問点を思い出しながら,そこで苦しみ考え抜いた内容に思いをはせている.一方で,そうしている間にも,その写真の中に次なる構造上の問題点・疑問点が浮かび上がってくる.前述した「基礎医学」と「臨床医学」の間を埋めて結び付けようとする途方もない目標を掲げた「臨床心臓構造学」は決して,終わることのない学問なのである.学問に終わりはなく,「これでよい,十分だ,既に,終わっている,これが結論だ」ではなく「本当にこれでよいのか,十分なのか,未だ,終わっていないのではないか,この結論でよいのか」と問い続ける姿勢の重要性を感じている.深い,深い学問をさせていただいている思いである.

「当たり前」の構造の中にある落とし穴
 構造情報の中には,既に,心臓解剖の教科書では「当たり前」のものとして取り扱われている構造がある.しなしながら,臨床に照らし合わせてそれらを再検証すると,ときに修正・補足が必要なものが発見される.極端な場合,考え方の変更が必要となる部分まで見られる.誤りは誤りとして修正しながらも,その中にある新しいものを再発見し,その情報に新たな息吹を注ぎ込んでいく努力も必要となる.

実際の心臓の中にみる「思いがけない発見」と「新たな展開」
 前述した通り,臨床の場で普通に用いられ,一見,既知のこと,「当たり前」のこととされている構造情報であっても,今一度,改めて臨床を考慮した「新鮮な感覚」をもって「実際の心臓」を「自身の目」で眺め直すと,そこには「思いがけない発見」と「新たな展開」が生まれる.
 本書で「ヒト正常心臓とその周辺の基本構造」を詳述するにあたり,実際の3次元のヒト剖検心を,自身の目で確認し,自身の手で触ってその詳細を確認した.たったこれだけの作業により2次元剖検心写真の中では到底,得られなかった多くの所見が得られたばかりでなく,到達できなかった部位へも到達可能となり,思いがけない発見が生まれてきた.
 実際の心臓が我々に語りかけ,理解を深めさせてくれるのは決して稀なことではなく,頻繁にあることである.むしろ,日常茶飯のことと言ってもよいかもしれない.実際の心臓とその周辺構造物は「心臓構造の特殊性」を語りかけてくれるばかりでなく,その中にある意外な並び方,奥行き,重なりを提示してくれる.それは我々を未知の領域へ駆り立て,思いがけない方向に導いてくれている.

1枚の写真・1枚のイラストとの出会い,一言のフレーズとの遭遇
 実際の心臓を用いることなくなんとか問題点・疑問点を解決しようとするとそれまでに蓄積した情報を紐解くことになる.疑問点を解決すべく,構造の理解に苦しみつつも努力を重ねていると,突然,構造の理解が進む場合がある.それまでに湧いてこなかったイメージが突然,構築されるのである.その場面では必ずといってよいほど,「1枚の写真・1枚のイラストとの出会い,一言のフレーズとの遭遇」がある.
 筆者は,この「もの言う写真」を大切にしてきた.構造に関する疑問点について考えても,考えても問題の解決には至らず苦悩しているとき,それまでに撮り続けたなにげない写真の中に突然,「はっ‼︎」とする気づきがある.それまでにかかっていた暗雲が一気に晴れる思いである.まさに「1枚の写真との出会い」である.考え苦しんでいたが故に,いただけた貴重な瞬間なのかもしれない.考え続けていたが故に,遭遇できた写真かもしれない.
 この「1枚の写真との出会い」が,その後の臨床の理解を大きく変えていくのである.構造の理解ばかりでなく,機能の理解も深めてくれる.臨床を意識させるのは「構造の流れ・時間の流れを感じとれる写真」,「時間の流れを意識させる写真」なのである.まさに,「もの言う写真」,「単なる2次元静的画像ではなく,時間を考慮した4次元動的画像」というこだわりの写真である.
 構造のポイントを表現した研究ノートのメモに記した「1枚のイラスト」,「一言のフレーズ」にも,「1枚の写真との出会い」と同様の感動がある.そんな構造の真実を端的に表現した「一言のフレーズ」には,我々を「はっ‼︎」とさせる力が秘められている.
 ここに提示した「もの言う写真・イラスト・フレーズ」との遭遇により,読者の方々に心臓構造への理解の深まりと,筆者が味わったものと同様の驚き,感動の瞬間があればこの上ない幸せである.

学問“臨床心臓構造学”のコンセプト
 本研究はご献体をいただいた皆様,ご家族様のご理解なくしては成り立たないものである.これまでご献体をいただいた方々には感謝の言葉を申し上げても言い尽くせない.皆様のお身体と真摯に向かい合って調べさせていただいた貴重な情報は,必ずや医療の安全に大きく貢献するものと固く信じている.記述の中に感じ取っていただけたかもしれないが,提示した“臨床心臓構造学”の大きな部分は,「“医療の安全」を求める臨床心臓解剖学”なのである.ひたすら「医療の安全」への“願い”を込めて書かせていただいたつもりである.
 長年,行ってきた心臓解剖に関する臨床研究の成果について本書『テキスト臨床心臓構造学』を一節,一節に思いを込めて渾身の力で書き上げさせていただいた.本書が,時を越えて読み,語り継がれ,頼りにされ,決してすたれることなく愛されるテキストとなることを祈るばかりである.

おわりに
 本書には多くの新しい内容・考え方を提示させていただいた.その新しい内容・考え方は,決して自分だけのものではなく,いろいろディスカッションをしてくださった先生方,疑問点を投げかけてくださった若い先生方,問題点をご指摘いただいた先生方のものと考えている.ここに改めて,諸先生方へ感謝の気持ちを表したい.
 また,長きに渡り執筆を継続させていただき,『テキスト臨床心臓構造学』として発刊までお導きいただいた南江堂関係者の皆様に,心より感謝の言葉を申し上げたい.
 1983年に医師となってから39年,思い返せば全てが感謝しかない.この研究を続けることができたのも,支援を継続していただいた方々のご指導・ご協力のおかげである.この場をお借りし,御礼を申し上げたい.
 また,手前味噌となり恐縮ではあるが,助手もいなければ秘書もいない貧乏研究者の私の雑用を手伝いながら,常に,励まし続けてくれた私の家族(妻:千芽,娘:梨紗子)に心から“ありがとう”と言いたい.

若い世代の皆様へ
 学問は大木のごときものと考える.強く,広く根を張り,太い幹を持ち高く伸び続けるその大木から放たれた多くの実は,大地に潜り込み根を張り,大木に並ぶ次世代の若木へと育っていく.そんな若木のような若い世代の皆様が,健全に大きく育っていかれることを,本書を通じて心から応援させていただきたいと考えている.

2022年5月
井川 修

 筆者が井川修先生と知り合ったのは,筆者がドイツより帰国した翌年の2014年に『大動脈弁形成術のすべて』(文光堂)という教科書の発刊を企画している段階であった.この手術には大動脈基部の解剖に関する知識が必須であるため,執筆していただける適任者を探していたところ,周囲の誰もが口を揃えて井川先生を推薦したのである.はたしてその内容は期待どおりの素晴らしいもので,ただの解剖学的記載にとどまらず,手術をするうえで必要な情報が,かゆいところに手が届くように網羅されているのであった.それもそのはず,井川先生自身,不整脈を専門とする臨床医であるがゆえ,視点が解剖学者のそれと異なっていたためであろう.この教科書が2019年に英文化される際にもたいへん丁寧に対応してくださり,それ以降,大動脈基部以外の解剖も井川先生の視点で紹介してくれないだろうかと思い続けていた次第であった.
 本書を手にしたのはそんな思いを忘れかけていたころであった.表紙に踊るのは「心臓構造のロジックを駆使して臨床上の疑問点・問題点を解析する」という紹介文であり,まさしくわれわれの教科書に書いてくださった姿勢と一緒ではないか.はやる気持ちを抑えて1頁ずつめくっていくと,はたして内容もまさしくそのとおりであった.心臓解剖の教科書といえば,誰もがまずはRobert H Anderson先生の『Cardiac Anatomy』を想起するであろう.しかし,彼の教科書をストーリーのように通読した者は解剖学の専門家を除けばほとんどいないのではないだろうか? むしろ,臨床上の疑問点が生じた際に参照する辞書のような存在といってよいであろう.しかし本書はこのような辞書的な解剖学の成書とは明らかに一線を画している.というのは,読者が解剖をイメージしやすいように,語りかけるような平易な言葉で文章が綴られているからであろう.まるで井川先生の講義を受けているような気分になるのである.それは,たとえば「心房にハグされる大血管」とか「タオルをしぼるときのような運動」といったわかりやすい表現からも明らかである.また,豊富なイラスト,放射線像,病理像,さまざまな角度から切り出した解剖写真などによるプレゼンテーションが実に巧みであり,中でも「両手の手指を用いた右房構造の認識方法」や「針金を用いて作製したらせん状絡み合い構造模型」などは,いかに著者が読者に理解してもらおうと腐心しているかが如実に表れている.一方,解剖学的観点からカテーテルアブレーションを行ううえでの注意点なども随所に散りばめられており,不整脈チームのオーベンから直接指導を受けている気分にさせられるのも,著者のもともとの専門所以であろう.
 本書が学術的にも異彩を放っているのは,著者自身による独自のテクニカルタームの提唱であろう.前半だけでも「無冠尖の弁輪中央直下の点(Nm点)」「右房(LA)リング」「左側分界稜」「LA translucent area(LATA)」「右心耳ポケット」「生理的・構造的房室弁逆流防止機構」「橋渡し筋束」などなど,枚挙に暇がない.また,「リエントリー性頻拍の機序に迫る解剖学的な推論」など,著者の学術活動の一端も紹介しており,臨床家にとって非常に興味をそそられる構成も心憎い.なにしろ,ダイナミックに動き続ける動的な心臓の臨床医学と静的な二次元的画像を拠り所とする基礎医学を,著者なりのロジックを駆使して結びつける「臨床心臓構造学」とは,臨床医にとっても基礎医学者にとってもまったく新しく魅力的な分野である.今後循環器領域に携わる者にとって,末長くバイブル的な存在になることは間違いないであろう.井川先生の永年の地道な努力が結実した成果であり,読者を代表して心より感謝の意を表し書評にかえさせていただく.

胸部外科75巻11号(2022年10月号)より転載
評者●東京慈恵会医科大学心臓外科主任教授・國原 孝

 本書著者の井川修先生は,以前『臨床心臓構造学』(医学書院,2011)という画期的な本を執筆した.これは,不整脈の非薬物治療において電極カテーテルが心腔内のどの面とどのように接触しているのかなど,心臓の三次元構造イメージについて,臨床医にもわかりやすく解説した名著であった.そして,発行から11年の歳月を経て,井川先生が新たに執筆したのが本書『テキスト臨床心臓構造学』である.似た書名ではあるが,本書は決して前著の改訂版ではなく,まったくの書き下ろしである.使用されている写真などにも重複するものはなく,頁数も前著の倍近い分量になっている.
 決して褒められるような医学生ではなかった評者が医師となり,さらに循環器専門医となった後にあらためて(あるいは初めてに近いかもしれないが……)学びたいと思う基礎学問は生化学と解剖学である.生化学や,それに関連する分野としての分子生物学や遺伝子工学においては著しい進歩があったが,解剖学に関しては新たな臓器が見つかったなどということはない.それでも解剖学を学び直したいと思う理由は,疾患・治療の知識を備えたうえであらためて心臓の構造を立体的に理解したいからである.解剖学を異なる視点で学び直したいと考える不整脈医は決して私だけではないようで,学会や研究会における井川先生の講演はいつも“満員御礼”である.コロナ禍で先生の現地での講演会が減っている現在において,本書が出版されたことはまさに朗報である.講演会ではいつも“時間の都合”で途中までしか聴くことのできない内容を書籍の形でしっかりと読めることは幸いである.
 本書は,推薦文を挟んで,4頁にもわたる序文から始まる.ここには井川先生の「臨床心臓構造学」に寄せる思いやコンセプト,いわば哲学が書かれている.先生の大切にする「もの言う写真」「1枚の写真との出会い」には感銘し,さらに「単なる2次元静的画像ではなく,時間を考慮した4次元動的画像」というフレーズには大いに驚かされた.
 「総論」では,心臓と周辺構造物との関係について述べられている.これはX線像,CT所見,透視像から心臓の構造をイメージする際のヒントになる.カテーテルアブレーション治療時に,術者が頭のなかで心臓構造のイメージを構築することはとても重要で,ひいては合併症の予防にもつながる.
 「各論」は第1部「部位からみた心臓構造学」と第2部「断面からみた心臓構造学」に分かれている.
 第1部では心臓の各部位の解析所見が詳細に述べられている.心表面からの観察に始まり(この記述がとても詳細でなかなか切開に入らない),次にようやく心腔を切開して内腔の観察,そして最終的には切片所見へと続く.これらを概念図,心電図所見,造影所見,発生学の知識とともに解説している.すべてがカテーテルアブレーション治療においてすぐに役立つ内容であり,これらの解説は井川先生の不整脈医としての長年の臨床経験と,基礎学者としての心臓解剖学・病理学の知識があってこそ可能となったことであろう.
 第2部ではきわめてユニークな記述がなされている.ここで先生は体幹を矢状断して左右両面をみた場合,前額断した場合,水平断した場合,あるいは胸部を斜位で切断した場合,心臓を四腔像で切断した場合について,心臓各部位や周辺構造物の位置関係を詳細に述べている.いうまでもなく,これらの記述はCT所見,心エコー図,透視像をみる際のイメージ構築に役立ててもらうことを念頭に置いたものである.透視でみるカテーテルアブレーションの上下左右,さらにその裏側にどのような組織があるかを理解するうえで貴重な写真が満載である.このような写真を多く用意することがどれほど大変であったか容易に想像できる.
 このような素晴らしい本を執筆された井川先生の熱意と努力に敬意を表する.

臨床雑誌内科130巻6号(2022年12月号)より転載
評者●筑波大学医学医療系循環器内科 教授 野上昭彦

世界でも数少ない心臓構造研究者による,デバイス治療を行う医師必読の書
 生理学や分子生物学,薬理学などの基本的知識が,われわれが疾患の病態生理を理解し,診断・治療を適切に行ううえで有用であることはいうまでもない.また臨床においては,AIを用いた診断技術や遠隔モニタリングなどによって得られる新たな医療情報も不整脈診療に大いに役立っている.加えて,医療現場においては,遠隔モニタリングのみならずApple Watchなどのデバイスも不整脈の早期診断や再発検出に寄与しているのは周知のとおりであろう.しかし,多種多様な医療情報を多くの手段で得られる現在であっても,不整脈診療で最も重要なのは疾患に対する治療であり,直接的な手術治療であることに変わりはない.不整脈治療は,薬物治療の時代から現在は非薬物治療が中心の時代となっている.
 非薬物治療の中心はカテーテルアブレーション治療と植込み型デバイス治療である.カテーテルアブレーション治療は,不整脈の発生源となっている部位を同定し,その部位をカテーテルで焼灼する治療であることから,ターゲット部位が正確に同定されないと治療の成功率は向上しない.植込み型デバイス治療は,心腔内に留置・固定されたリードを用いて,刺激伝導系に異常をきたした患者の電気信号の代替治療,あるいは致死性不整脈発生時の電気的除細動の目的で使用される.植込み型デバイス治療を行う医師に求められていることは,心腔内でのリード固定をより生理的に理想的な部位に,しかもそれを安全に行うことである.しかし,実際に手術を行ってみると手技的にターゲット部位へのリード操作や留置に困難を伴う場合は少なくない.無理をして合併症を起こしては元も子もない.その際に術者として最も大切なことは,正確な心臓構造をイメージして手技操作ができているか否かに尽きる.なぜなら,合併症は正確な心臓構造のイメージができていないまま,無理な手技操作を行うことによって発生している場合が多いからである.
 本書の著者である井川修博士は,不整脈専門医資格を有し,実際にカテーテルアブレーション治療や植込み型デバイス治療を長年行ってきた臨床心臓電気生理研究者であり,そして長年の私の友人でもある.氏が本書を出版するに至った考えや思いは,すべて冒頭の「発刊にあたって」に凝縮されている.植込み型デバイス治療を行ううえで心臓構造のどこがポイントになり,どこを知っておくことが重要かといったことを知り尽くした,世界でも数少ない心臓構造研究者であり,私自身もこれまで氏には多くの相談をし,助言を受けてきた.本書には氏のこれまでの研究生活が濃縮・反映されているように思える.非常に多忙な診療の合間に心臓解剖の地道な研究を長年続けられて本書を完成されたことに深く敬意を表する.  本書を完全に理解し,それを実臨床に役立てることは簡単ではないかもしれないが,植込み型デバイス治療を行う医師にとって本書は必読書である.読者は,本書に掲載されている解剖写真やイラスト,本文を理解し,そしてそれを透視像と照らし合わせてイメージしながら一つひとつ読み進める必要がある.そのため,本書を読破するにはある程度の時間がかかるかもしれないし,心臓構造を自分のものとするには何度も読み直す必要もあろう.寝転んで簡単に自分の知識となるような内容ではない.しかし,本書を読破し,完全に理解した後,手術室や心臓カテーテル室での自信と景色が大きく変わっていることに読者の方々は気づくことになるであろう.

臨床雑誌内科131巻2号(2023年2月号)より転載
評者●安部治彦(産業医科大学医学部不整脈先端治療学 教授)

9784524263196