書籍

日本整形外科学会診療ガイドライン

日本整形外科学会 症候性静脈血栓塞栓症予防ガイドライン2017

監修 : 日本整形外科学会
編集 : 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会/日本整形外科学会症候性静脈血栓塞栓症予防ガイドライン策定委員会
ISBN : 978-4-524-25285-5
発行年月 : 2017年5月
判型 : B5
ページ数 : 98

在庫あり

定価3,080円(本体2,800円 + 税)


  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

日本整形外科学会診療ガイドラインのひとつ。既存のガイドラインおよび国内の臨床データを踏まえてまとめられた、外来・入院を含むすべての整形外科診療に関連して発生する症候性静脈血栓塞栓症(VTE)の一次予防を目的とした独自のガイドライン。画一的な予防法を適用できないVTEに対し、個々の症例に即した意思決定を支援する一冊。

前文
 1 症候性VTE 予防の必要性とその限界
 2 わが国のVTE 予防ガイドラインと本ガイドライン策定の経緯
 3 本ガイドライン作成に使用した資料と策定方法
 4 エビデンスの評価と推奨グレード
 5 本ガイドラインの使用に際しての重要な留意事項
 6 インフォームド・コンセント(informed consent:IC)の重要性
第1章 総論
 1 症候性VTEの疫学と病因・病態
 2 症候性VTEの予防法
  1)理学的予防法
  2)薬物予防法
  3)予防による合併症
  4)予防法の選択
 3 無症候性DVTのルーチンスクリーニング
 4 急性PTEの発症が疑われる場合の対応
 5 抗血小板薬
 6 麻酔関連
第2章 各論
 1 人工関節置換術(THAおよびTKA)
 2 膝関節鏡視下手術
 3 脊椎・脊髄手術
 4 股関節骨折手術(HFS)
 5 大腿骨遠位部以下の単独外傷
 6 重度外傷(急性脊髄損傷,脊椎外傷,骨盤骨折,多発外傷)
第3章 付録
 1 わが国で保険適応のあるVTE 予防薬
 2 VTE予防薬としてのアスピリン
 3 ガイドラインの推奨グレード一覧
 4 ギプス固定の注意書きの例
索引

序文

 2004年4月の診療報酬改訂で「肺血栓塞栓症(PTE)予防管理料」が新設された。「予防管理料」注1には「入院中の患者であって、肺血栓塞栓症を発症する危険性の高いものに対して、肺血栓塞栓症の予防を目的として、弾性ストッキングまたは間欠的空気圧迫装置を用いて計画的な医学管理を行った場合に、入院中1回に限り算定する」との記述がある。医療水準の観点からすれば、PTE発症の危険性について適切な判断を行うこと、本症発症の危険性が高い入院患者には適切な予防管理を行うことが求められるようになったといえる。さらに、通知(4)において「計画的な医学管理を行うにあたっては、関係学会より示されている標準的な管理方法を踏まえ、医師との緊密な連携の下で行い、患者管理が適切になされるよう十分留意すること」とされている。したがって、「PTE発症の危険性」評価のための資料と症候性PTE 予防のための「標準的な管理方法」をエビデンスに基づき提示することが本予防ガイドラインの目的となる。しかし、委員会での検討およびガイドライン執筆を進めるなかで、この目的を達成することがいかに困難であるかを知ることとなった。
 本ガイドラインは2008年に発刊された日本整形外科学会肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症、VTE)予防ガイドライン(2008年日整会予防ガイドライン)と考え方において大きく異なる。それは、予防の対象を「無症候性VTEを含む全てのVTE」から「症候性VTE」に変更したためである。米国整形外科学会(AAOS)が発刊した2007年ガイドラインは下肢人工関節術後「症候性PTE」を予防の対象とし、2011年ガイドラインは下肢人工関節術後「症候性VTE疾患」を予防の対象としている。さらに、米国胸部医学会(ACCP)は長年にわたり4年ごとにVTE予防ガイドラインを改訂してきたが、2012年の最新の第9版において予防の対象を「すべてのVTE」から「症候性VTE」に変更した。ACCPはこの理由を「利益相反の問題に取り組み、患者の利益(patient important outcome)を最優先させ」、「患者にとって重要な結果とは無症候性VTEではなく、症候性VTEおよび致死性PEと出血合併症である」からと説明している。さらに、2016年に第10版のACCP予防ガイドラインが出版されることが予想されたが、ACCPは予防についてのガイドラインの改訂を行わなかった。すなわち、予防の対象は「症候性VTE」に変更されたままである。この予防の対象の変更は、本ガイドラインの執筆に大きな影響を与えた。この経緯については前文にて詳しく述べる。
 診療ガイドラインはエビデンスに基づき作成されるのが当然と思われる。しかし、予防の対象を「症候性VTE」に限定すると、予防に関するエビデンスが極めて乏しくなる。臨床的エビデンスレベルが比較的高いと考えられるわが国の臨床データは、新規に登場した抗凝固薬フォンダパリヌクス、エノキサパリンおよびエドキサバンの治験時に得られたもののみである。これら治験の主要なエンドポイントは静脈造影によって診断される「無症候性DVT」の有無と「出血事象」であり、「症候性VTE」のエビデンスとしては用いることができない。また、多数の施設から公表される臨床研究における主要なエンドポイントは静脈造影または静脈エコーによって診断される「無症候性DVT」の発症と出血事象であり、症候性VTEおよび致死性PTEをエンドポイントとする予防臨床研究はわが国では皆無である。発症がまれである「症候性VTE」を予防効果検討のための治験や臨床研究のエンドポイントとすることは極めて困難で、治験においては静脈造影によって診断される無症候性DVTを症候性VTEの代理(surrogate)として有効性を検討せざるを得ない。さらに、治験に登録される症例は一般臨床に比べて患者の登録管理が厳重であり、出血などの安全性の検討結果には治験であるが故のバイアスがあることに注意が必要である。
 本ガイドラインは海外のガイドラインにならい、患者の利益を最も重要なものと考え、予防の対象を「症候性VTE」に限定した。その結果、海外のガイドラインと同様にエビデンスレベルは低いものとなった。現状では曖昧な表現とならざるを得ない点が多々あり、今後の大規模臨床データを用いた研究成果を待ちたいと考える。
 また、本ガイドラインでは医事紛争にかかわる問題に対応すべく、誤解を招きやすい一覧表の掲載を行わないこととした。さらに、本ガイドラインは一般整形外科診療(外来、入院すべてを含む)に関連して発生する症候性VTEの一次予防を目的として記述がなされており、すでにVTEと診断されている場合の治療や二次予防に関しては言及していない。
 本ガイドラインの執筆者は日本整形外科学会からの委嘱を受けボランティアとしてこのプロジェクトに参加した整形外科医4名である。各章の内容については委員全員で協議し合意のうえで決定稿としたことを申し添える。

2017年4月
日本整形外科学会
症候性静脈血栓塞栓症予防ガイドライン策定委員会
委員長 赤木將男

 『日本整形外科学会 症候性静脈血栓塞栓症予防ガイドライン2017』が本年5月20日に発刊された。本ガイドラインは2008年11月に発刊された『日本整形外科学会 静脈血栓塞栓症予防ガイドライン』の構成を踏襲して執筆された、いわゆる改訂版であろうと思っておられる諸氏の予想は大きく裏切られることになる。まず、本のタイトルからして異なっている。「症候性」という言葉が付け加えられたのである。これは米国胸部医学会(ACCP)ガイドライン(2012年)および米国整形外科学会(AAOS)ガイドライン(2011年)の動きに追随して、従来予防すべきか否かさえ意見の一致をみなかった無症候性静脈血栓塞栓症(VTE)から症候性VTEとすることで、予防すべき対象を明確にし、恩恵に与かる患者の利益を最優先した結果、付け加えられたものである。しかし、そのために本ガイドライン策定委員会の4人のメンバーは苦悩を強いられることになる。臨床治験から得られたエビデンスのほとんどはその対象が無症候性深部静脈血栓症(DVT)であり、発症頻度が低い症候性VTEを対象とした前向き臨床研究が実施されていないため、ガイドラインにとっての生命線である質のよいエビデンスが乏しくなってしまったのである。
 本ガイドラインはその壁を打破するため、上記ACCPおよびAAOSのガイドラインに加え、日本循環器学会ガイドライン(2009年)、日本骨折治療学会『骨折に伴う静脈血栓塞栓症エビデンスブック』(2010年)、英国国立医療技術評価機構(NICE)ガイドライン(2010年)、雑誌『International Angiology』(2013年)に掲載されたInternational Consensus Statementを取り込むかたちで執筆されている。この6つのガイドラインを読破することは容易なことではないが、本ガイドラインを通読することで同等の効果が得られるとは何ともありがたいことである。さらに、推奨グレードをA:推奨する、B:提案する、C:委員全員が合意する、I:結論は出ていない、の4グレードに変更したため、非常に理解しやすくなっている。それ以外にも2008年版のガイドラインと比較して、症候性VTEの一次予防に限定されている点、画一的な予防法を否定している点、一覧表の掲載を削除した点、利益相反あるいはバイアスが取り除かれている点、医事紛争の証拠として使用される問題に配慮されている点など、多くの点で改良がなされている。
 内容に目を移していくと、前文、総論、各論、付録の4大項目から構成されていて、前文には本ガイドライン策定の経緯や概要、インフォームド・コンセントの重要性などについて解説されている。総論がもっとも大きく変更された部分であり、「症候性VTEの疫学と病因・病態」「予防法」に続いて、新たに「無症候性DVTのルーチンスクリーニング」「急性肺血栓塞栓症(PTE)の発症が疑われる場合の対応」という項目が加わった。特にルーチンスクリーニングの項目で人工股関節全置換術(THA)、人工膝関節全置換術(TKA)、および股関節骨折手術(HFS)術後の下肢静脈エコーによるDVTルーチンスクリーニングは推奨しない(A)という点が、本ガイドラインのもっとも大きな変更点であろう。2008年版のガイドラインでは各論として概説されていた抗血小板薬と麻酔関連が総論に移され、各論は人工関節置換術や脊椎・脊髄手術など重要な手術と外傷に限定されていて、非常にわかりやすくまとめられている。付録では、各予防薬についての解説とギプス固定の注意書きの例が加えられていて、日常診療においてたいへん参考になるものと思われる。さらに特筆すべきは重要な部位に下線が引かれたことである。著者らは本ガイドラインを通読することを推奨しているが、特に強調したいところもわかりやすくする工夫がなされていて、至れり尽くせりのガイドラインである。
 最後に、本ガイドラインは個々の症例に対して適切な判断を下すためのもっとも優れたアドバイザーになることをお約束して書評としたい。

臨床雑誌整形外科68巻12号(2017年11月号)より転載
評者●三重大学大学院運動器外科学・腫瘍集学治療学教授 須藤啓広

9784524252855