書籍

高齢者がん治療エビデンス&プラクティス

編集 : 滝口裕一/礒部威/津端由佳里
ISBN : 978-4-524-22821-8
発行年月 : 2021年8月
判型 : B5
ページ数 : 248

在庫あり

定価6,930円(本体6,300円 + 税)


  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

総論では高齢者を診療する上で必要な知識を整理し,高齢がん患者の特徴と治療・ケアの方法をまとめ,各論では実臨床に役立つ最新の治療について記載.老年医学と臨床腫瘍学の知識を併せ持ったエキスパートが,高齢者がん治療のエビデンスとこれまで集積したプラクティスを各種がんごとに提供した,がん治療に関わるすべての医師必携の一冊.

総 論
T. 老年医学の基礎知識
 1. 高齢者のがんの疫学
 2. 老化の分子生物学
 3. 高齢者の生理学的特徴(老化と疾患)
 4. 高齢者の臓器の特徴と機能評価
  A. 心機能・血管機能
  B. 呼吸機能・嚥下機能
  C. 腎機能
  D. 造血機能
  E. 内分泌機能
  F. 運動機能
  G. 認知機能
 5. 高齢者のポリファーマシー:服薬アドヒアランスと処方の見直し
U. 高齢者がんの治療とケア
 1. 高齢者のがんの特徴および概要・治療方針決定の流れ
 2. 高齢者機能評価(GA)とGA をふまえた介入(CGA)
 3. 化学療法のリスクアセスメント
 4. 高齢者のがん薬物療法・薬物動態
 5. 高齢者の外科治療
 6. 高齢者の放射線治療
 7. 高齢者のがんリハビリテーション
 8. 高齢者のがん栄養療法
 9. 高齢がん患者の意思決定支援
 10. 高齢がん患者とのコミュニケーション
 11. 高齢者における緩和ケア,エンド・オブ・ライフケア
  
各 論
V. 各種疾患における高齢者治療の実際
 1. 頭頸部がん
 2. 肺がん
 3. 乳がん
 4. 食道がん
 5. 胃がん
 6. 大腸がん
 7. 肝臓がん
 8. 膵がん
 9. 婦人科がん
 10. 前立腺がん
 11. 白血病
 12. 悪性リンパ腫/多発性骨髄腫
 
W. 認知症を合併した高齢がん患者の問題
 
X. 高齢者医療における社会的支援制度
 
Y. 機能評価加算算定
 
COLUMN
 1.併存症のある高齢患者のがん治療
 2.高齢がん患者とサプリメント
 3.副作用マネジメントのために患者の訴えを聞く技術
 4.高齢がん患者の退院時に気をつけるポイント
 5.在宅看護の併用は高齢患者のがん治療に有用
 6.高齢患者のがん治療に家族の力を利用するには
 7.料理ができない医師でもできる高齢がん患者への栄養アドバイス

 高齢者では,認知機能を含むさまざまな臓器機能が低下していることが多い.また見かけ の臓器機能指標が正常範囲であっても,予備能が低下しているため,ストレス負荷による臓 器障害の閾値が低下していると考えられる.さらに特定の臓器機能では評価できない虚弱性(frailty)を伴うことも多い.したがって,高齢者におけるがん治療はこうした状況を考慮して行うことが重要である.
 たとえば肺がんにおいては高齢患者を対象とした臨床試験により,高齢患者に対する標準治療を確立する努力が行われ,日本肺癌学会のこれまでの肺癌診療ガイドラインでは非高齢者と高齢者で別々のクリニカルクエスチョンが立てられ,部分的にではあるが,それぞれ異なる治療方針が推奨されている.また,暦年齢のみによって薬物療法の対象外とすべきでないことも明記されている.しかし近年のグローバル臨床試験では,年齢の上限が規定されない適格条件を採用するものが大半を占めるようになっており,暦年齢によらない治療開発が行われているのが現状である.したがって,高齢患者個々の状況をどのように評価して治療方針を判断するかが重要になる.
 老年腫瘍学の重要性認知は内外において高まりつつあり,2000 年には国際老年腫瘍学会(International Society of Geriatric Oncology)が発足した.日本臨床腫瘍学会では2018年に老年腫瘍学ワーキンググループを発足し,同年から老年腫瘍学教育セミナーの開催を開始している.2019 年には日本臨床腫瘍学会/日本癌治療学会による『高齢者のがん薬物療法ガイドライン』が発刊された.2017 年から文部科学省が支援する“多様な新ニーズに対応する「がん専門医療人材(がんプロフェッショナル)」養成プラン”でもライフステージに応じたがん治療を提供できる人材育成が重点的目標の1 つに定められた.本事業のうち筑波大学を主幹とする「関東がん専門医療人養成拠点」でも,ライフステージに応じたがん治療を担う人材育成コースの中で老年腫瘍学を大きなテーマとして取り組み,2020 年2 月には「明日の高齢者がん医療を考えるシンポジウム」を開催した.本書はこのシンポジウムを発端として企画されたものであり,がんプロフェッショナル養成プランなどで腫瘍学を学ぶ医薬看を中心とした大学院生およびがん診療・研究に従事している多職種プロフェッショナルに老年腫瘍学のテキストとして使っていただくことも目的としている.
 特定のクリニカルクエスチョンに対して推奨される治療法を提示する診療ガイドラインは前景疑問に答える点で優れている一方,その科学的背景を基礎から臨床,さらに今後の研究課題まで議論を積み重ねるテキストの重要性は論を俟たない.とくに老年腫瘍学分野の診療ガイドラインでは,必ずしも十分高くないエビデンスレベルで推奨されているものも少なくないのが現状である.網羅的なテキストで体系的に学ぶことが診療ガイドラインを利用するうえでも重要となろう.本書は,老年医学と臨床腫瘍学の知識を併せ持ったエキスパートが,老年医学・臨床腫瘍学双方の基礎的な知識とこれまでの治療のプラクティスを集積して執筆した.議論の分かれる事項についても必要に応じて積極的に取り上げた.本文だけではカバーできない事項については「関東がん専門医療人養成拠点」の教員によるコラムで補充した.
 日本は1970 年に高齢化社会(総人口に占める65 歳以上人口が7%を超える)に,1994年に高齢社会(同14%超)に,2007 年に超高齢社会(同21%超)に突入し,2020 年には総人口に占める65 歳以上人口は28.7%となり,2 位のイタリアにおける23.3%を大きく引き離し世界1 位である.全がん死亡の8 割以上を65 歳以上が占めており,がんを有する高齢患者はがん診療の特殊分野ではなく,最も主要な分野の1 つとなっている.こうした状況の中,多職種医療プロフェッショナルを目指す大学院生,臨床家に本書が少しでも役立つならこれ以上の喜びはない.多くの読者からのご批判・ご意見を賜れば幸いである.

2021年6月
滝口 裕一
礒部  威
津端由佳里

 日本人の悪性腫瘍(がん)による年齢調整罹患率および死亡率は年々減少傾向であるが,粗死亡率でみると死因の第1 位は1981 年以降「がん」であり,現在も上昇傾向にある.これは罹患率が高い高齢者の人口に占める割合(高齢化率)が年々高くなっていることに起因する.「がん」が医学的にはもとより社会的にも高齢者疾患であるといわれるゆえんである.このため,がん診療に携わる医療従事者には医学とりわけ疫学や生理学的な高齢者の側面と,社会学的な側面を理解する必要がある.臓器別「がん」の診療にあたっては学会が作成する診療ガイドラインが標準医療を実践するうえで重要な指標になるが,このような高齢者の医学的,社会学的な特性を加味した指針にはなっておらず,現場の医療従事者の裁量に任せられるケースがほとんどであった.そこで新しい学術領域として老年腫瘍学分野が注目されるようになり,最近では『高齢者のがん薬物療法ガイドライン』が策定されるなど,老年腫瘍学分野の必要性とその理解が徐々に浸透してきた.
 本書はこのような背景のもとに国内の数少ない高齢者がん医療に詳しい専門家によって企画,編集,そして執筆された.総論では,老年医学の基礎知識と高齢がん患者の治療に必要な評価やケアのスキルについてまとめられた.各論では臓器別がん領域における高齢者の治療の実際について,認知症や,社会的支援制度について取り上げられた.老年腫瘍学分野は歴史が浅く,個々の項目は必ずしも高い医学的エビデンスに裏打ちされていないが,現時点では最も包括的な高齢者のがん治療の参考書であり,医療従事者が目の前の患者にとるべき対応の糸口が見つかるはずである.
 最近,がん治療はゲノム医療の導入により主に腫瘍の生物学的個性に基づく個別化が急速に進みつつある.しかし今後は,将来の個別化がん医療は,加齢やマイクロビオームなど患者の宿主要因を分子レベルで解明し,その知見を腫瘍の特性と統合して診断・治療を実施する時代,いわゆる未来型医療の時代に進むはずである.この未来型がん医療の研究開発を進める過程で老年腫瘍学分野が今後取り組むべき課題は何か,本書の行間には多くのヒントが散りばめられており,多くの研究者はそれに気がつくであろう.
 本書は,がん治療医のみならず,将来,高齢者のがん医療を研究開発する研究者の座右の書として,ここに推薦するものである.

臨床雑誌内科129巻3号(2022年3月号)より転載
評者●東北大学大学院医学系研究科臨床腫瘍学分野 教授 石岡千加史

9784524228218