書籍

胸郭出口症候群のすべて[Web動画付]

診断のむずかしい上肢の痛み・しびれ

監修 : 伊藤恵康
編集 : 古島弘三/船越忠直/宮本梓
ISBN : 978-4-524-20352-9
発行年月 : 2023年2月
判型 : B5
ページ数 : 212

在庫あり

定価6,600円(本体6,000円 + 税)


  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

上肢のしびれや痛み,握力の低下等をきたしQOLを損なう胸郭出口症候群(TOS)は,診断・治療の標準化が困難で見過ごされることが多い.本書は世界一のTOS手術実績を誇る慶友整形外科病院において確立されたTOSの診断・治療体系がまとめられ,患者を耐えがたい痛みやしびれから解放し日常生活・競技復帰に導くための知識と技術が詰まっている.徒手検査・リハビリテーション指導・低侵襲手術の概要と要点がわかるWeb動画付.

序 章
 1.胸郭出口症候群─この難解な疾患の患者に笑顔を!
 2.黎明期の胸郭出口症候群

第1章 胸郭出口症候群の基本知識
 1.胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome:TOS)とは
 2.海外の論文にみる胸郭出口症候群治療の現状
 3.胸郭出口症候群の病態にかかわる解剖

第2章 胸郭出口症候群による症状と患者像
 1.初診患者の典型的な受診前経過
  Case 1 交通事故を契機に発症した胸郭出口症候群
  Case 2 肩関節不安定症を伴う胸郭出口症候群
  Case 3 第1肋骨疲労骨折を伴う胸郭出口症候群
  Case 4 肘症状を主訴とする胸郭出口症候群
  Case 5 野球による胸郭出口症候群─肩痛と上肢症状
  Case 6 野球による胸郭出口症候群─肘痛と上肢症状
  Case 7 腱板断裂手術後の胸郭出口症候群
 2.胸郭出口症候群の多いスポーツ・職業

第3章 診断
 1.問診
 2.身体所見
 3.画像診断
 4.撮像条件と画像処理
 5.電気生理学的検査
  Case 1 電気生理学的検査で診断された神経性胸郭出口症候群の症例
  Case 2 電気生理学的検査で診断にいたらなかったが,手術で劇的に改善した症例
 6.感覚検査

第4章 保存治療
 1.保存治療の概要および日常生活指導
 2.リハビリテーション
 3.リハビリテーション開始後の経過
 4.薬物治療
 5.注射
 6.保存治療の成績

第5章 手術治療
 1.手術器械準備
 2.手術方法
 3.手術の実際─内視鏡アシスト下第1肋骨切除術,前中斜角筋切離術
 4.解剖学的バリエーション
 5.合併症とその対応
 6.再手術方法と注意点
 7.手術成績
 8.第1肋骨切除術の周術期の看護
 9.術後早期リハビリテーション

第6章 外傷後胸郭出口症候群
 1.鎖骨骨折後の胸郭出口症候群
  Case 1 交通外傷による鎖骨骨折後に発症した胸郭出口症候群
 2.第1肋骨疲労骨折を伴う胸郭出口症候群
  Case 1 第1肋骨疲労骨折で第1肋骨切除を施行した症例
  Case 2 第1肋骨疲労骨折が原因で胸郭出口症候群を発症した症例
 3.交通事故後の胸郭出口症候群
  Case 1 交通事故を契機に発症した頚肋を有する胸郭出口症候群
  Case 2 交通事故により両側胸郭出口症候群を発症した最小斜角筋を有した症例

第7章 鑑別診断
 1.スポーツ肩・肘障害との鑑別
  Case 1 胸郭出口症候群が投球時の肩痛の原因であった症例
  Case 2 胸郭出口症候群が肘内側痛の原因であった症例
  Case 3 胸郭出口症候群とUCL損傷を合併した症例
 2.鑑別が必要な頚椎疾患とその病態
  Case 1 胸郭出口症候群術後に平山病を発症した症例

第8章 治療経過の実際とpitfall
 1.症例検討
  Case 1 投球障害肩に胸郭出口症候群が合併していた大学野球選手【保存復帰例・スポーツ】
  Case 2 肩関節拘縮が関与していると思われた症例【保存復帰例・一般】
  Case 3 復帰を果たしたプロ野球選手【術後良好例・スポーツ】
  Case 4 早期復帰が可能であった高校野球選手【術後良好例・スポーツ】
  Case 5 本態性振戦と診断されていた症例【術後良好例・一般】
  Case 6 40年来の胸郭出口症候群であった症例【術後良好例・一般】
  Case 7 術後に再発した高校野球選手【術後難渋例・スポーツ】
  Case 8 解剖学的特徴を有し交通事故により発症した症例【術後難渋例・一般】

第9章 胸郭出口症候群の研究
 1.文献要約
 2.当院での業績

■Web動画
 ▶動画1 診断(身体所見)
 ▶動画2 超音波(PSV)
 ▶動画3 超音波(ISD)
 ▶動画4 リハビリテーション
 ▶動画5 手術(内視鏡アシスト下第1肋骨切除術・前中斜角筋切離術)

発刊によせて

 胸郭出口症候群の著書を出版するにいたり,執筆にかかわった古島弘三先生,船越忠直先生,草野寛先生,下河邉久雄先生,高橋啓先生,理学療法士の方々をはじめメディカルスタッフの皆さんの並々ならぬ努力に心から謝意を表します.

 2021年の12月に私が古島先生に胸郭出口症候群に関する本を出版することを提案し,さらには期限を2022年11月と定めたため,前述の執筆に携わった皆さま,加えて南江堂の皆さまには無理なお願いをして大変なご苦労をさせてしまったと反省しております.しかし,内容を拝読し日々の臨床でのたゆまぬ努力を知ることとなりました.胸郭出口症候群は正直なところ整形外科においては診断が曖昧であり,その治療法もまた曖昧です.この領域の先駆者による報告は多くありますがその知識を得るだけではなく,その病態や手術方法を発展させた功績は非常に大きいと思っております.

 当院に胸郭出口症候群を患って日常生活にも苦しんでいる患者が来院され,診断がつくことに安堵する方,手術によって日常生活やスポーツに復帰をされる方が多くいらっしゃいます.多くの医療従事者に本書を手にとっていただき,胸郭出口症候群に苦しむ患者が一人でも多く,診断・治療されることを願っております.

2022年11月吉日
慶友整形外科病院理事長
宇沢充圭




序文
 胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome:TOS)は整形外科のなかではよく知られている疾患ですが,その診断と治療はいまだに難しい疾患のひとつです.診断がついてもなかなか治らない例も多く,いまだに手術治療も敬遠されがちです.なかには治療もさることながら,診断すらもつかないまま転々と多くの病院をドクターショッピングし,挙句の果てには精神疾患と勘違いされ,投薬を開始されてしまう例も多く見受けられます.そのような患者さんは,その後ずっとつらい症状をかかえたまま過ごすことになってしまいます.かくいう私自身も慶友整形外科病院に入職する前までは,あまりTOSの患者さんを診たことがなかった,というよりはTOSを念頭に置いて診察していなかったというのが本音です.おそらく,そのような整形外科医はまだまだたくさんいるのだろうと思います.

私がはじめてTOSの手術を経験したのは2006年でした.伊藤惠康先生のもとでTOSの患者さんの手術をたくさん勉強させていただきました.手術助手に入りながら大変な手術だと思い,これは自分ではできる手術ではないと感じたのを覚えています.術野は深く狭く,片目だけでのぞきながら距離感がつかめないなかで,術者にしか術野が見えず,神経血管に接している第1肋骨を半盲目的に切除していくのには勇気が必要でした.大変ストレスの多い手術で,誰も好きでやりたいと思うような手術ではありません.しかし,TOSで困っている患者さんは次々と外来にやってきます.

そんなとき,なんとか関節鏡を入れて深部を見ながらできないかと,試しに使ってみました.しかし,入り口が狭くカメラは手術操作と干渉し,軟部組織に当たって見えなくなり,また温度差でレンズが曇ってしまい,すぐには思うようにできませんでした.カメラの挿入箇所を変え,腕の牽引方向を変えたり,カメラをリュエルで噛んでしまって壊したことも2度ほどありました.このような試行錯誤を繰り返しながら現在にいたっております.

 すべてのTOSを確定診断することはいまだ確立できていません.しかし,たくさんの手術を経験していくうちに,たとえば,握力がゼロになって手を動かすだけで痛みが走り,上肢挙上もまったくできず身体所見もとれないような患者さんでは,「TOS以外の原因で何か考えられるのか?」と考えるようになりました.実際に,まったく腕を使うことができない中学生が精神疾患だといわれて受診しました.触れるだけで,極端にいえば触れようとするだけで痛がるほどの電撃痛を訴えていたのです.誰が見てもTOSだとは思えない症状でしたが,親御さんとの話し合いで一か八かの手術選択でした.臨時手術を組み,TOS手術を終え麻酔から目が覚めました.病室で手術後の説明をしながら,本人の手をつかみ挙上してみたところ,痛がることもなく挙がりました.何ヵ月かぶりに腕を上げているのを見て息子の人生が救われたと,横で見ていた母親が号泣しました.

 ここから私のTOS治療への覚悟が決まりました.手術手技が確立してきた今では,手術治療が最後の砦であるとの覚悟で,遠方からの治療困難な例でも困っているのであれば手術を引き受けています.治る可能性が見出せないながらも,手術で予想以上によくなる症例を経験していくうちに,さらにその信念は強くなりました.何十年来の苦しい痛みから解放されて,人生が救われたとおっしゃる患者さんもたくさんいます.もちろん術後思わしくない経過の方も少なからずいますが,ずっと向き合う覚悟が必要です.しかし,手術適応なしとしてあきらめることはできなくなりました.今まで,その概念を経験的に覆されてきたわけですから.

 もっとも,手術をする以前には保存治療も非常に有効です.診断がついたうえでのリハビリテーションや,日常生活動作を注意することで6〜7割の方は症状が軽快します.TOSの病態を知ったうえでの保存治療が有効なのはいうまでもありません.一昔前より全国的にTOSの治療報告は激減し,診断も治療も避けられてきたこともあり,多くの患者さんがまともに治療されずに困っていると思います.

 本書がTOS診療における一助になればと思い,われわれ慶友整形外科病院のスタッフがこれまで経験してきた保存治療から手術治療まですべての知識を盛り込みました.一人でも多くの理学療法士,トレーナー,ドクターの方々が積極的にTOSの治療にかかわり,本書の内容が困っている患者さんに還元され役立つことを願ってやみません.まだまだ病態が不明瞭な部分もありますが,多くの治療家がたくさんの症例を積み,議論を重ね,TOSがさらに解明される日が来ることを期待しております.

 最後に,本書の制作において一番の立役者は,南江堂の枳穀智哉さんとリハビリテーション科の宮本梓君です.非常に多くの時間を費やされたと思いますが,素早く的確に仕事を進めてくれたおかげで,早く着実に完成させることができたのも二人の迅速な処理能力の賜物です.

2022年 師走の候
古島弘三

 胸郭出口症候群という言葉を聞いて,苦手意識をもたれる方はたいへん多いと思う.その理由として,本疾患は,頚椎椎間板ヘルニアや肩腱板断裂のようにMRIやエコーなどの画像による診断がつきにくいという点がある.MRIなどの画像診断は,整形外科医にあまり多くの思考を強いられなくとも適切な診断に到達することを可能にしてくれる大きな武器であるが,胸郭出口症候群のような患者の徴候,そしてその行動の変化などから総合して診断をつけなければならない疾患に対しては,あまり有効ではない.

 本書では,胸郭出口症候群の診断にいたるには,まず患者に対して真摯に向かい合って,そしてその身体所見の中から,「これは手術でしか仕方がない」と思えるようになるまで所見を取りつくし,自信に満ちた診断を導かれている古島弘三先生をはじめ,多くの慶友整形外科病院の先生方に遭遇する.

 診断がついても,手術方法についてはこれまで鎖骨上腕神経叢剥離術や第1肋骨切除術と大きく分けて二つの治療方法があるが,どちらを選択すべきなのか明確な判断はつきかねていた.特に手外科分野出身の先生方には,鎖骨上剥離術はある程度慣れているかもしれないが,それにしても前斜角筋,中斜角筋,そして鎖骨上から間隙を安心して展開することは非常にためらいがある.また,頚部に大きな瘢痕を残すことは患者にも大きな侵襲となる.一方,腋窩アプローチによる第1肋骨の切除術は,コスメティック的にもあまり大きな目立つ傷を体表に残すことはないが,視野が狭い,標的臓器が非常に深い,また血管損傷を起こすと大出血となり取り返しのつかない顛末になるリスクもあるために選択しにくい術式であった.

 本書において,古島先生は内視鏡を用いて深い術野でもたいへんきれいな所見を得ることに成功された.そして,これまで主観的であった胸郭出口での神経圧迫の度合いを斜角筋の形状,また斜角筋間距離によってより客観的に評価することに成功された.これまでにはたいへん多くの苦労があったことと思う.そのような経験から,一般整形外科医も胸郭出口症候群に対して少しでも苦手意識を取り払うことができるようにと,多くの術中所見やエコー所見,そして患者の身体所見をつまびらかに表現している.

 偉そうに書いているが,筆者自身も本書によって新たに胸郭出口症候群へのアプローチにいざなわれた整形外科医の一人である.胸郭出口症候群に対する積極的な治療によって患者が救われることを祈って,筆者自身も精進してこの疾患に取り向かわねばと気持ちを改めている.

 本書はこれまで胸郭出口症候群に苦手意識をもっていた整形外科医にとって,本疾患へのアプローチの第一歩になるに違いない.また,本書は何といっても,これまで誤った診断を与えられ,長らく「精神疾患の関わりがあるのではないか」など,実際に向精神薬を投与されていたような患者にとってたいへん大きな福音である.今後はこの分野のさらなる研究が急速に広がることを願って,本書への推薦の言葉とさせていただく.

臨床雑誌整形外科74巻10号(2023年9月号)より転載
評者●滋賀医科大学整形外科教授 今井晋二

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