書籍

みえる腰痛:体性感覚構造図

運動器疼痛の診断のための示説(DVD-ROM付)

: 高橋弦
ISBN : 978-4-524-26497-1
発行年月 : 2012年4月
判型 : A4
ページ数 : 158

在庫僅少

定価10,260円(本体9,500円 + 税)

  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

整形外科外来患者の主訴の大部分を占める「痛み」に対して、運動器疼痛のメカニズムの研究とそれに基づいた新しい治療概念からアプローチした一冊。基礎研究から得られた仮説としてのヒト体性感覚構造図を示すとともに、臨床応用例として運動器疼痛の空間的な理解に役立つ、病変部位、疼痛感覚部位、疼痛知覚部位の概念を図示。DVD-ROMを付属し、平面図では理解しにくい体性感覚構造を3D-CG動画で視覚的に解説している。

序章 体性感覚構造図の研究史
 体性感覚構造図の研究史

第1章 動物実験
 皮節図
 骨節図
  推論1 大腿骨の骨節線
 腰痛感覚支配
 交感神経性求心性線維
  推論2 脊柱管内部の神経線維
 体表温分節
 末梢神経の立体構造
 層序
 脊髄後角の体性感覚局在
  推論3 分節線の“波”

第2章 ラットの構造図
 原型構造:その平面的理解
  推論4 神経線維の再編
 原型構造:その立体像
 分節性形態変化
  推論5 筋または骨への分化

第3章 ラットからヒトへの転換
 方法
  推論6 腸骨の形成

第4章 ヒトの構造図
 体性感覚分節図
  推論7 分岐面と神経叢境界面の関係
 皮節図
 筋節図
 骨節図
  推論8 構造のアナロジーとしての3D-CG
 神経系
 体表温分節図
 体性感覚分節:全体像
 体性感覚分節:各論

 第5章 運動器疾患の理論的疼痛部位
 体性痛の空間的理解
 体性痛の疼痛感覚部位
 疼痛部位の数理的表現
 運動器の疼痛感覚部位:各論
 根性痛の疼痛感覚部位
 疼痛知覚部位
 関連痛

巻末資料 参照点を感覚支配する後根神経節細胞の分布

参考文献
おわりに
索引

いま、「運動器の痛み」に関心が高まりつつある。整形外科は運動器の運動、感覚、形態の病変を対象とするが、外来患者の主訴のほとんどが「痛み」である。この点、昔も今も変わらない。注目され始めたのは運動器疼痛のメカニズムについての研究成果と新しい治療概念である。
 運動器の痛みは単純明快に理解されてきた。「炎症や異常可動性が痛覚神経を刺激し、それが脳に伝わり痛みとして感じられる」という理論である。この“古典的理論”によって、抗炎症鎮痛薬投与、外固定、神経ブロック、外科手術(病変の切除、内固定、神経除圧)が考案されてきた。整形外科医は今でも痛みの古典的理論を根拠とした治療を行い、そして大部分の症例で成功を収めている。古典的理論の正当性は失われていない。だが一方で、私たちは画像検査で異常のない患者、理解できない場所に痛みを訴える患者、慢性痛患者など、古典的理論では説明しがたい患者にしばしば遭遇する。そして、腰痛・肩こりなど「背部痛」の問題がある。外来患者の多くを占める背部痛だが、いまだに痛みの由来が分からない。それが大問題にならないのは、ほとんどの背部痛が自然治癒するからにすぎない。
 近年、癌性疼痛、帯状疱疹後疼痛、カウザルギーなど、難治性の激痛を緩和させる治療技術としてペインクリニックが始まった。必然的に痛みの神経機構が研究されるようになり、「疼痛学」が興った。一方、日々痛みの治療に携わりながら、整形外科医の疼痛学への関心は低いままであった。
 私は医師になりたての頃、無謀にも「整形外科における未解決の難問」をライフワークにしようと決めた。重度外傷、脊髄損傷、リウマチ、悪性骨軟部腫瘍などの難治性疾患を差し置いて、私が選んだのはもっともありふれた「腰痛」であった。私には腰痛の医療体系があいまいな診断の上に築かれた砂上の楼閣のように思われた。その思いは今も同じである。1990年代の初めから疼痛学の学会に参加し始めた。そして、整形外科医の疼痛学への無関心を思い知らされた一方で、疼痛学の研究者は局在診断への関心が低いことも分かった。考えてみればそれは当然で、疼痛学は「痛みの緩和と制圧」を目標とする。一方、整形外科では「普通の疾患の普通の痛み」に対する「適切な治療」を行う。ここで、適切な治療とは「病態を正しく診断し、最小限の治療的介入により治癒に導く」ことにほかならない。打撲など自然治癒する痛みは「必要な痛み」としてある程度我慢してもらうことも是とする。こうして、私は運動器疼痛の研究の主目標は局在診断と病態理解であると考えるに至った。
 整形外科医は画像検査を診断の拠り所とする。画像検査の基盤となっているのが解剖学である。解剖学はしばしば「確立された学問」だといわれる。だが、それだけにその信頼性と臨床的価値はきわめて高い。四肢の運動器疾患は、解剖学の知識とそれに基づく画像検査所見の分析だけで診断できると言っても過言ではない。だが背部痛を解剖学の知識だけで診断することは困難である。背部痛を診断するためには、身体の「感覚空間」がどのように構成されているのかが理解されていなければならない。体性感覚構造の全体像を明らかにすることが、運動器疼痛において何よりも重要と筆者には思われた。筆者は動物実験により体性感覚構造の原理を明らかにし、次いでヒトの体性感覚構造を確立することを目指した。
 本書の図譜は一連の基礎研究から筆者がたどり着いた1つの「仮説」である。解剖書の図譜のように多数の観察結果に裏付けられた「科学的真実」ではない。その科学的妥当性と臨床的価値はこれから検証されねばならない。本書を読まれる方、とくに若い臨床医の方々は、その点をご注意いただきたい。第1章から第4章において、実験的なデータに乏しいが興味深いと思われたテーマについては「推論」として別にまとめた。第5章は章全体が筆者の「推論」であり、臨床研究により検証していきたい。
2012年春
高橋弦

今でこそ、整形外科領域においても「痛み」への関心が高まっているが、著者の高橋弦先生が大学を卒業された1984年当時といえば、バイオメカニクス、インプラントなどが花形で、運動器の痛みなどには誰も見向きもしなかった。しかし、高橋先生は卒業直後から、腰痛の病態、特に「痛み」の発生機序に研究の焦点を定め、以来一貫して痛み探究の姿勢を維持してこられた。疼痛関連の学会にもいち早く参加されてきたが、その中で整形外科医の痛みに対する関心の薄さや、疼痛学と整形外科臨床の間における痛みのとらえ方の乖離にもどかしさを感じてこられたに違いない。2003年には、痛みに興味をもつ整形外科の有志が集まり、「整形外科痛みを語る会」が発足したが、高橋先生はその設立メンバーの1人である。このように、高橋先生はわが国の運動器疼痛研究のまさに魁であるといえる。
 本書は、そのような高橋先生の長年にわたる地道な研究の集大成であるといえる。神経トレーサーを用いたきわめて精緻な動物実験の結果をもとに、人間の体幹・下肢の神経支配をまったく新しいアプローチで明らかにしている。神経支配といえばすぐに思い浮かべるのが、人体の正面・背面図に神経支配領域が縞状に描かれたdermatomeの図である。しかし、もっともよく用いられているDejerineによる図は実に1914年に著されたものである。臨床上の妥当性はほぼ確立されているものの、やはり約1世紀を経て、今一度科学的な検証も必要であろう。また、dermatomeはあくまで皮膚の知覚領域を表したものである。しかし、腰痛など運動器の痛みのほとんどは深部組織の痛みである。高橋先生は、神経支配領域を腰椎を起点として空間的・立体的に明らかにしている。そしてそれをお得意の3-D computer graphicsを用いて鮮やかに描出されており、付属のDVD-ROMでみることができる。
 圧巻は第4章の「体性感覚分節図」である。腰椎の各レベルを頂点として、そこから外側・尾側に広がるドーム状の神経支配領域が、菅笠を重ねたように連なっている。下位胸椎の支配領域は骨盤外側まであたかもスカートをはいたように広がり、下位腰椎の支配領域は股関節周囲から大腿部にまで広がる。これらは、臨床上経験する患者の病変部位と痛みの訴えの部位の関係によく一致しており、読者は眼から鱗が落ちる感がするであろう。
 基礎的動物実験に関する章にはやや難解な部分があるかもしれない。しかし、その研究結果を人間に適用した第4章、第5章からは多くの臨床的ヒントを得ることができるであろう。日常の腰・下肢痛診療において、理解できない症状や治療に難渋する症例にぶつかったときには本書を繙いてみてはいかがであろうか。
 本書は、単に腰痛の病態解明の書にとどまらず、解剖学・神経学の分野におけるまさにエポック・メイキングな著書といえるであろう。今後は、高橋先生が現在蓄積しておられる臨床データにより、本書の理論がさらに検証・補強され、全身を含めた総合的な体性感覚構造図が確立されることを期待したい。
評者● 山下敏彦
整形外科63巻10号(2012年9月号)より転載